とある工房長の話


 俺含めて人が2人しかいない、定時過ぎの田舎街の工房にて。

 工房長である俺は、勤怠と備品の管理を行っていた。

「…先輩、新しい勤怠のシステムが完成しました。
 次からこのwebカメラにバーコードかざせば打刻の代わりになるっす。
 工房長が30分かけている報告作業がコレで一瞬で終わりますし、アイツらの『ズル』もなくなりますね」

「ありがとう…本当にありがとう。
 君には感謝してもし足りないね」

 彼の名前はナガト。
 中途採用の入社2ヶ月目、年齢は28歳。
 髪を染め、電子タバコをふかし、山道を走るわけでもないのに3ドアのオフロード軽自動車に乗っている。
 
 しかし、実際は工房の従業員の中で誰よりも真面目で、正義感の強い男である。
 自分の担当でもないことにも積極的に手を貸してくれるし、俺の『残業』にも協力してくれる。
 頭の悪い俺にも親切丁寧に教えてくれるし、倫理に反しない程度の無法や脱法は許容する寛容さがある。
 言葉遣いは悪いが…まあ、彼は大卒エリート様だ。
 俺みたいな田舎の中小企業の冴えないおっさんなど見下されて当然だろう。
 世の中そういうものだ。
 その程度でいちいち目くじら立てていたら生きていけない。
 
 そしてナガト君は『やる気がない』と見做した人間には本当に容赦がなく、『自分が楽をするためにズルをする人間』『他人を口酸っぱく批判するくせに、自分にはとことん甘い人間』を特に嫌っている。
 まあ、最近の動画を見るに、若い子って結構自己責任論者なところがあるからな…
 
 そして、俺もびっくりするくらいの有能である。
 国立の工業大を卒業して、日本人の誰もが知る大企業に勤めていたのだが、とある理由から退職して「こんな会社」にやってきたのだ。
 学歴の無駄遣いにもほどがある。
 

「あ、備品購入の一覧、納品書がない分のリストアップしておいたっすよ」

「ありがとう。
 …やっばり全部アイツか。
 何度言っても納品書を捨てるんだよな。
 集計が面倒だからこっちに渡せって言ってるのに」

「自分が苦労するのは親の仇のごとく全力で被害者ヅラするくせに、他人に迷惑をかけることは笑って済ませようとするっすよね?
 アレで40歳ってマジすか?」

「…いや。
 確か、今年で42歳だったはずだ」
 
「へー!
 誇り高い織物職人は、織物以外のことにはとことん無能で無関心なんですね!
 よほど織物を愛しているんでしょうかね!?」

「いや…どうだろう…
 原料の値上げや織物の新市場の回覧板を回しても、全く見ずに印鑑を押してるんだよな…
 社長からの『元工房長の技術を再現しろ』という命令も、ずっと『忙しい』と言って無視してるし…」

「ファー!w
 俺、アイツが残業しているとこ見たことがないんすけど!?
 どう考えてもサビ残してでもやり遂げるべき課題っすよね!?
 結婚して家庭を持っているとかならともかく、40代の現場作業員の独身男性が『忙しい』ってなんすか!?
 そりゃ40になっても結婚出来ないわけですわ!」

「ほんと、笑っちゃうよね…」

 ナガト君それはやめて、独身の俺にも刺さる。
 
 定時後の職場あるある、『そこに居ない人間の悪口で盛り上がる』。
 これは別に田舎民だから陰湿だからとかは関係ない、全国共通の文化のはずだ。


「…ま、そのおかげでこっちの計画は進むわけだし、良しとしようよ」

「そうっすね!
 あ、そろそろ時間ですよ」

「そうだね…
 今日も残業頑張っちゃうか!」

「ういっす!」

 俺は、立ち上がり、声を上げた。

「みんなー!
 おいでー!」

「「「「はーい!」」」」

 何も入っていないはずの押入れから、ぞろぞろと女の子達が出てきた。

 彼女らは、頭にツノが生えていたり、背中に羽が生えていたり、悪魔の尻尾が生えていたりした。

「「「「今日もよろしくお願いしまーす!」」」」

 彼女らは、まずは散らかった工房内の掃除から取り掛かった。

 …こういう時間って、本当に無駄だよね。
 だから5S活動って大事なんだ。

 俺は出社前に買ったエナドリをn
 【侵食】
 俺は出社前に買ったエナドリをナガト君に譲り、愛する嫁が作ってくれたおむすびをつまみ、魔法瓶に入った温かいお茶を飲んで、サービス残業に取り掛かった。
 
 
 ――――――


 俺の名前は山寺ダイキ。39歳。
 田舎の織物工房で工房長をやっている。
 
 先輩のように、『三次元の推しは持たない』という子供のような言い訳をする気はないが、
 先輩と同じように、女性にステキと言ってもらえるような強みが俺にはない。
 
 しょせん俺は田舎暮らしの低収入独身おじさんだ。

 趣味は野球観戦と動画視聴。
 お腹周りが気になるため
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