「…で?
あなたたちは何をやっているんですか?」
日が沈みかけた午後18時。
田舎に帰ってきた俺の実家の前には、大勢の油臭いおじさんたちが10人、座り込んでいた。
「坊ちゃん!
会社を、会社を継いでくれよ!」
「だから!俺は叔父がいない以上は会社を継がないって言ってるだろ!?
相続放棄の手続きは進めているんだよ!
そして、今まで呼び捨てだったくせに坊ちゃんと呼ぶのをやめろ!気持ち悪い!」
6年前から「会社を継がない」とずっと同じことを口にしているが、彼らは「冗談」「いつか考えが変わる」と言って聞きもしない。
実家に帰る前、親戚たちには相続放棄の意思表示を内容証明郵便で郵送している。
家庭裁判所に相続放棄申述書もその時一緒に郵送している。
一人暮らしを始めて最初にやったことは、相続放棄の手続きの仕方を弁護士に相談したことだった。
意思表示書も相続放棄申述書も、父が死ぬ前に前もって準備していた。
…今回は父が「実は死んでいなかった」という大ボケかましてくれたので、後で家庭裁判所に連絡しなければならない。
意思表示書は…そのままでいいか。
「坊ちゃん!
あなたの叔父は、自分から去ったんです!
自分にとって都合よく解釈するのはやめてください!」
「その言葉そっくりそのまま返すよ!
お前たちがいじめ嫌がらせをした証拠は動画に撮ってしっかり残っているんだよ!
6年も前に出て行った人間の机に『二度と戻ってくるな』だなんて落書きする奴がいるかよ!?
そして、お前らが落書きしたのは会社の備品だぞ!?何を考えている!?」
長年続いた叔父へのいやがらせ、誹謗中傷、叔父はそれが原因で辞めたのだ。
証拠はもちろん残っている…いや、他でもない彼らが残している。
「これはお父さんの意思ですよ!坊ちゃん!」
「父はそんなこと一言でもいったのかよ!?
身内を会社から追い出す社長がどこに居るんだ!?
会社の備品への落書きを許す社長がどこにいるんだ!?」
「だから、それがあなたのお父さんの意思なのです!
坊ちゃん!」
「そうか!? そうなのか!?
だったら尚更関係ないな!
俺が慕っているのは会社でも父でもなく、叔父さんだけだ!
叔父さんの居ない会社に未練はねえよ!残念だったな!」
「あなたは、私たちを養わなければならないんです!
坊ちゃんがそれを認めるまで、私たちはここから動く気はありません!」
おっさんたちは立ち上がり、俺を取り囲む。
「お願いです!ぼっちゃん!」
「お願いです、ぼっちゃん!」
…無能で、怠け者で、性格の醜悪な、40を超えて独身のおっさんたちが、物欲しそうな目でこっちに詰め寄ってくる。
ホラーだ。
「ふざけんじゃねえよ!
俺より20年以上生きてるとは思えない、40そこらの大の大人がみっともないんだよ!
さっさと転職活動始めろ!」
俺は、実家が契約していた警備会社に通じる非常ボタンを鳴らした。
夜の真っ暗闇な田舎の住宅街に、大音量の警報が鳴り響いた。
――――
俺の名前は長野悠人。
大手の商社に内定を決め、卒論に勤しむ22歳である。
30年前。
父は、父にとっての弟…俺にとっての叔父にあたる人間とともに会社を立ち上げた。
こじんまりとした工房で作られていた手織り織物を、デパートだけではなく商社やショッピングモールにも卸そうという、2人で酔っ払った勢いで初めた事業らしい。
父は社長として事務と営業をこなし、叔父は工房主として生産業務と並行して昔ながらの技術の発展と継承を行った。
2人の努力によって織物は売れた。
当時では珍しかったネット販売を行ったり、まだYouTuberという名前が無かった頃の動画投稿者によってパジャマの宣伝をしてもらったりと、新しいことを率先して行っていた。
リーマンショックの時も震災の時も赤字にはならず、会社は小さいながらも安定した経営を続けていた。
「僕も、お父さんみたいな社長になる!」
そして俺は、会社を継いで社長になるための勉強という名目で子供の頃からタダ働きさせられていた。
おかげで部活もできなかったし、友達とも遊びにいけなかった。
小中高の間、両親と共に過ごす時間よりも、叔父と共に仕事をする時間の方が長かった。
それが会社のためであり、従業員のためだから…子供の頃の俺は純粋にそれを信じていた。
一方で、社長から大切にされているはずの従業員たちは徐々におかしくなっていった。
平成時代、「現場で働いている人間たちこそ至高!」「事件は会議室ではなく現場で起こっている」「やられたらやり返す!倍返しだ!」というテレビ番組が氾濫していたからだろうか?
こんなにも稼いで
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