とある弁護士志望者

 俺の名前は田守裕太。
 平成生まれのピチピチの35歳だ。
 
 モットーは『いかにして楽に生きるか』。
 これは過去に特に辛い経験をしたとか、そういう深い事情はない。
 学生時代にはいじめを受けていて、その際に俺が好きだった芸能人が「いじめられる奴にも問題がある」というコメントを見て酷く失望したという経験はあるが、別にモットーを抱く理由になったわけではない。
 俺の性格は生まれながらのものなのだと思う。

 俺は大企業役員の裕福な親の元で何不自由となく育った。
 大学浪人時代では2度も文理転向して、同級生たちが不景気の中で就職どうしようと頭を抱えている中で俺は5回目となるセンター試験を受けていた。
 まあ当時は政府も政治家もクソなせいで日本が絶賛不景気であり、親も「時期が悪いから」と納得してくれた。
 
 大学卒業後は公務員試験を受けるという体裁で、フリーターとして遊ぶ金を稼ぎつつ警察官を志望し続けた。
 年齢制限に引っかかってそれが出来なくなった以降は、弁護士になると司法試験予備試験の勉強をするようになった。
 
 もちろん、記念受験を繰り返しているだけで本気で受かるつもりはなかった。
 経済も全く良くなる兆しが見えないし、親には俺を養う経済力もある。
 少子高齢化だか人手不足だか世間は散々騒いでいるが、俺1人が社会に出てその一員になったところで改善はしない無理な話、つまり俺には関係のないことだった。
 …先月までは。

 先月、高収入で貯蓄もたっぷりあるはずの父親が、やらなくても良いはずの資産運用をわざわざ行った挙句大失敗し、貯蓄の殆どを溶かしてしまったのだ。
 俺はいい機会だとばかりに父親を全力で罵ったが、返ってきたのは弟と母親からの顔面パンチだった。

 妹からは私物を勝手に捨てられた。売ればそこそこの金になったであろう食玩やフィギュアなどは無慈悲にもゴミ収集車によって圧縮された。
 妹は俺が項垂れる様子を見て高笑いしていた。なおコイツは既婚者であり、旦那さんは嫁ガチャ大外れである。
 
 弟からは日常的に殴られるようになった。俺と違って勉強やサークル活動を大真面目に励んで生きていたこいつにとって、奨学金を貰わなければ大学に通えなくなるのが相当癪だったらしい。その怒りを父親にぶつけてくれよと思ったが、何を話しても殴られるだけだった。
 一昨日は俺の手からゴルフクラブを奪い取り、そのまま頭や背中を何度も殴られた。額から血が流れ出て、俺は生まれて初めて死を覚悟した。
 
 飼い犬のシベリアンハスキーは、俺を見るなり吠えるようになった。ペットショップで買ってきた俺が本来の飼い主であるはずなのにすっかり弟に懐いており、昨日は足に歯型がくっきり残るくらい本気で噛みつかれた。
 
 母親は俺の食事にドッグフードを出すようになった。
 自分の明日の身のことで頭がいっぱいな母親は、俺に対して興味関心が失せたようだ。
「嫌なら早く家から出ていけ」
 母親は何も言わないが、そう言っているようにしか見えなかった。
 
 流石に命の危機を感じた俺は、これ以上家に居ることが出来なくなった。

 
 今まで本気でなかった俺は、仕方なく司法試験に合格するために本気で勉強することを目的に、東京に上京した。
 東京になら、俺が本気になれる環境があると思った。

 バスの中でスマホをいじっていたら、俺と同じく司法試験を志す人間たちのシェアルームマンションがあると知った。
 SNSで俺も住んでいいかとメンションかけてみたら、家賃月3万円を払ってくれるなら構わないと言われた。
 …2LDKに3人も住んで家賃3万円は完全にボッタクリだとは思ったが、他に方法はなかった。
 かくして、夜行バスで一晩かけて東京駅にたどり着いた俺は、東京五反田にあるというシェアルームマンションに向かうことになった。

 東京の五反田は、駅から離れれば思ったより閑静な住宅街であり俺の地元と殆ど変わらなかった。
 しかし、駅前の不動産屋の「1DKマンション月15万円」という破格な価格を見て、俺は東京の混沌を思い知った。
 …本当に家賃3万円でいいのかと不安になったが、今更腹に代えられなかった。

 
 ――――――


 そして今に至る。

「ユータ、一緒に勉強しましょうね」

「あの…先生、そろそろ辛…」

「辛いとか言わないの。
 ほら、数学のお勉強よ」

「数学の試験は、予備試験の中には無いです…」

「ダメよ。
 あなたには基礎的な学力が圧倒的に足りていないの。
 大学入学共通テストで600点は取れるようになりなさい。
 そうでなければ予備試験なんて認めませんからね」

 なお、予備試験はあくまでも予備試験であって司法試験ではない。
 司法試験を受けれる資格を手に入れるだけであ
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