とある弁護士の話


 俺の名前は田守裕太。
 弁護士事務所勤め2年目の、28歳のアラサーのおっさんである。
 

 
 俺は、たまたま勉強ができた。たまたま奨学金を借りずとも大学で勉強できるほど親が裕福だった。たまたま司法試験にも受かった。
 こんな幸運を、誰かのために使いたかった。
 子供の頃に宝塚で見た歌劇の主人公のように、汚職や不正を働く役人に、「異議あり!」と指差して証拠を突きつける日々を送りたかった。
 不当に虐げられる弱者を、この手で救いたかった。
 弁護士になれば、人から頼られ、悪人と戦い、誰かの笑顔が見られると思っていた。

 しかし、社会に出て働いている中で、俺の理想は打ち砕かれた。
 自分が救われるべき人だと思っていた人間たちが、どれだけ醜いかを突きつけられたのだ。

 ――

 大学の先輩がオーナーをやっている大きな弁護士事務所に就職した俺は、事務所でネットトラブルを担当する先輩の補佐として働くことになった。
 
 2022年に施行されたとある法律のおかげで被害者が訴えるハードルが低くなり、必然的に相談が増えたらしい。
 先輩は相当忙しいそうであり、俺が先輩を補佐することになったのは先輩が補佐が欲しいとオーナーに対して涙ながらに訴えたかららしい。
 特定の客を受け持つのはもう少し先になるそうだが、自分もいきなり第一線で働ける自信がないので、見習い待遇は甘んじて受け入れた。
 
 
 俺が最初に出会った客は、ネット副業でのパワハラで人生を壊されたと主張する30代の女性だった。
 上司からパワハラ言動を受けたと本人は主張するのだが、話を聞いていくと『自分が被害者になるために、わざと怒られる言動をしているのではないか』という違和感が感じられた。
 なにより、相手が証拠として提出してきた録音音声には人工音声特有の不気味の谷があった。依頼人は生成AIを使ってパワハラの証拠を捏造したのだ。大学時代に動画投稿をしていた俺だから気付けたが、こんなの依頼人の言われるがまま証拠として提出していたら弁護士事務所の信頼に関わる大問題になるところだ。
 席を外して先輩にそれを伝えたところ、この場は穏便に済ませるため今日のところはそのまま流し、後ほど電話上で依頼を断るという流れになった。
 後日、先輩のスマホから逆上した相談者の怒鳴り声がはっきりと聞こえた。
 …思えば、俺の弱者への疑念は、この頃から始まった。

 
 この前にネット誹謗中傷で相談にやってきたコテパーマ中年男なんて最悪だった。
 さほど有名でもない物書きに対し、「作品の内容が気に入らない」と、SNSや小説投稿サイトで突っかかったのだ。
 相談者は、明らかに話が面倒になって切り上げただけの相手に対し、相手が逃げ出したと決めつけ意気揚々と勝利宣言を行ったのである。
 そこからブロックされているにも関わらず、わざわざ複数のアカウントを作ってまで相手を追いかけた上で、「負け犬」「嫌われ者」などと誹謗中傷を繰り返したり、他所から持ってきたスパムメッセージを送りつけるなどの嫌がらせを続けたのだ。
 そしていざプロバイダから開示請求同意書が届くと、急に慌てふためいて弁護士事務所に泣きついてきたというわけである。
「やっていたのは自分だけではない」「彼は間違いなく皆からの嫌われ者だった」などと、年齢不相応な子供のような言い訳を続けているのが実に滑稽だったが、「先生の看板に泥を塗ってしまう」と、この期に及んで『先生』を盾にしようとする態度が本当に笑えなかった。
 『先生』というのは、相談者が慕っているインフルエンサーらしい。
 『先生』を本当に慕っているなら、『先生』に迷惑かける前にさっさと示談してケジメを付けろよと思ったが、案の定相談者は『先生』を本心から慕ってなどいなかったようで、「開示には同意せず様子を見る」という結論を下した。
 これほどまでの鬼畜にも劣る所業を、10代20代の若者が若気の至りでやったのではなく、40歳の独身男性がやったのだ。
 被害者のツイッターを見るに、訴えたのはあまり裕福ではない物書き志望の人間のようであり、あまりに長期間に渡って粘着されることに悩むツイートをしていた。どこかで示談に応じない限り、この件はきっと裁判まで進むだろう。
 裁判で強制開示されて賠償金が増えるリスクもしっかり伝えた上でコテパーマ中年男が何もしないと決めた以上、自分たちが出来ることはこれでおしまいであった。
 
 
 今日の一件も本当に酷いものだった。
 商業作品から盗用して同人誌を書き上げ、それを同人イベントや同人サイトで販売した佐藤さん(30代男性)が、付添人の白露さん(20代女性)に連れられて相談にやってきたのだ。
 佐藤さんは郵便物を長らく確認しなかったため開示請求同意書を見落とし、もう出版
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