貴族と店主

「ほう、それはそれは興味深い」
ドロシア・ガーネット卿はとても楽しそうに聞いている。
「つまり──こういうことか?
『隣国の教会は・・我々、魔物達を駆逐する名目で侵攻して来た』と?」
血のように真っ赤なワインを一気に飲み干すと、
およそ貴族らしからぬ仕草でどっかりとソファに構えた。
はす向かいにはオルガ、正面にリン。

「卿、これはあくまでまだ仮説のひとつです。
現に警吏達の調べでは宿屋は
不審火か失火かも断定できていない状態ですので」
つとめて事務的にリンは喋る。
今日は物売りとしてではなく、街の伝達役としての仕事だ。
勿論ドロシーとて百も承知なのだが・・

しかし、仮説であっても許される仮説と許されない仮説がある。
この仮説を立てた張本人がこの場にいたら、
生きて帰ってはこれないだろう。
それほどまでに激高している。

「だが、ドロシア・・我輩が見知った限りではな、
それが嘘ではなく日常だったのだよ──あそこでは」
オレンカの言葉が聞こえているのか聞こえていないのか
ドロシーの顔はまるで憤怒に形相になっていた。

国境沿いに川さえ流れていなければ、
今すぐにでも攻め込もうというのに。
ヴァンパイアとしてのプライドと、
ヴァンパイアの弱点がドロシーを阻んでいる。
ぐぬぅ、と唸るドロシーに一礼をし、
伝達の仕事を終わらせるべく席を立つ。
リンとてこの「お使い」茶番はとっとと終わらせたい。


館の敷地を一歩離れ、リンは振り返る。
そして見送りにとついてきたオレンカに告げる。
「さて、公的な仕事は終わったんだけど、卿に取り次いでもらえるか?」

再び現れたリンを一瞥すると、さっきと変わらぬ態度のドロシー。
「人間という種族は、こうも我々の神経を逆撫でするのが楽しいと見える」
「卿、今回は街抜きです」
どういう事だと荒げるドロシーの正面に堂々と寛ぎ、続ける。
「自分はご存知の通り何でも売りますし、何でも買います。
──卑しい金の亡者である商人ですからね。
そこで、卿に買っていただきたい物があるのですが?」
「・・何だ」
「ただの土砂と少しの喧嘩ですよ」


ドロシーの目が点になった。
10/07/06 19:03更新 / 市川 真夜

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