静かに見下ろす聖像に向けて、私は祈った。
「主よ邪なる民に穢された私の友をお助けください」
いつの間にか日は落ち、教会の中は闇に包まれていた。ステンドガラスから降り注ぐ月光が、聖像の姿を青白く照らしていた。
「主よ、哀れな私の友は邪なる民の矢が突き刺さり、臓腑が腐れただれました」
唱えるのは、聖句第7節シキネスの歌。戦いに敗れ、深手を負った戦士シキネスが主神に縋る歌だ。
「主よ、私の友は歩くこともかなわず、剣をふるうこともできません」
邪なる民の毒牙により戦うことが適わなくなった彼は、己を侵す毒の治癒と、毒牙にかけた邪なる民への裁きを求め、神に祈るのだ。
「主よ、私の友を、邪なる民を裁いてください」
聖典によれば、主神は彼の祈りを聞き、邪なる民に裁きを下した。彼らは一様に皮膚はただれ、臓腑は腐り、骨は砕けた。一方で清き行いをしていたシキネスの傷は癒され、立ち上がった。
「主よ、私の友はあなたの声を聴き、あなたのお導きに従いました。不浄に惑わされず、清らかな魂を守りました」
シキネスは再度邪なる民に戦いを挑み、彼らを打ち払った。彼は邪なる民がいた地に王国を築き、主神をたたえる聖堂を作ったという。
「主よ、どうか邪なる民の不浄を絶ち、穢れぬ魂をもつ私の友を堅く立たせてください」
本来であれば、この歌はシキネスの祈りであり、救いを求めるのもシキネス自身である。
「私の友の導は神である。神は心の清き者を救われる」
だがあえて私は聖句の「私」を「私の友」と読み替えた。なぜなら……
「主よ、あなたは穢れを払う神である。あなたは火矢を放ち、穢れを焼き尽くす」
私が祈るのは私のためではない。私を助けてくれた人。人狼の群れに一人で立ち向かい、その毒によって苦しむあの人のために祈っているだ。
「見よ、邪なる者は自らの毒に侵され行く。穢れは自らを爛れさせ、蠅がその腐肉を食らい尽くす」
主よ! どうかユベールの毒を癒してください。苦痛と戦うユベールをお救いください! 戦士シキネスは神の奇蹟により死地を脱し、また立ち上がることができました。ユベールもまた同じように奇蹟で魔物の毒を癒してください。
「主よ、私はあなたに感謝をささげます。不浄を許さぬ主の名を歌うであろう」
祈りを終えると同時に、私は聖像を見上げた。私の祈りがこの像を通じて神に届くことを信じて。だが、聖像は何も返さない。月の光に照らされて、青白くなった姿で私を見下ろすだけだった。
命からがら村に戻った私は、村の皆に山道で魔物に襲われたことを伝えた。心配そうにして集まった村のみんなにユベールが食い止めてくれたことを語ると、男たちが武器を持ってユベールを助けに向かった。程なく救出隊は帰ってきた。布でぐるぐる巻きになった担架を伴って村に戻った彼らは、待っていた人達にユベールが生きていたと報告した。あの担架の中にユベールがいると悟った私はいてもたってもいられず駆け出した。だけど、救出隊の一人が私の前に立ちふさがった。
「おい、あいつには近づくな!」
「どうして!?」
立ちふさがる男に私は聞いた。その背後で、担架の上で盛り上がった人影が苦しげにうごめいた。私は脇をすり抜けようとする。でも男は私の肩をつかんで押しとどめた。
「ケガをしてるんでしょう。私は癒しの魔法が使えます。怪我だって治せます」
「違うんだ、そういうことじゃない」
そう言って男は私を引き戻そうとする。その手を振りほどこうと揉みあっていると、誰かが私の肩を叩いた。
「待つんだリーズちゃん」
聞き覚えのある声に、私は振り返る。そこには悲しげな目をしたユベールのお父さんがいた。
「魔法が使えるって本当かい?」
「本当です、おじさん。クレメンテさんに教えて貰いました」
「そのクレメンテさんは?」
その問いに私は思わず言い淀む。おじさんは悲しげにうつむいた。
「いいかいリーズちゃん、クレメンテさんじゃないと駄目なんだ。もっと言えば、リーズちゃんだと駄目なんだ」
「なんで私じゃ駄目なんですか?」
今度はおじさんが言い淀む番だった。私が詰め寄ると、おじさんはようやく口を開いた
「倅は魔物の毒に侵されてんだ。こいつが回ると盛りのついたヤギみたいになっちまう。女と見れば見境なく襲っちまうんだ。だから、今の倅の面倒を見れるのは男だけなんだ」
「そんなユベールに限って」
「そうしちまうから毒なんだよ」
おじさんの返答には取り付く島もない。ただ、忌々し気に絞り出すその言葉は、自分に言い聞かせているようだった。
「助ける方法はあるんですか?」
「分からねえ。村長も長老も知らねえって言ってた」
「私に何かできることはないですか?」
「今から倅を連れて家に帰る。だか
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