かくしてルーを泊める羽目になった俺は、彼女の寝台を調達すべく外に向かった。実際はその前にルーの部屋である物置部屋の掃除があった。倉庫代わりにしていただけに、荷物の中には薬瓶を詰め込んだ木箱だの、袋いっぱいに詰め込まれた粉末剤だのと言った重量物が中に転がっている。ルーが寝起きできる程度に片づけることですら相当な力仕事だろう。そう思って荷物を前に気合を入れていると、続いて部屋に入ってきたルーがその重い荷物を軽々と持ち上げたのだった。驚愕した俺が問うと、トリスさんから伝授された魔法の力だと事も無げに答えた。超常の力をいとも容易く使いこなすルーの姿は確かに大悪魔の眷属らしい。だが少女然とする小柄な彼女が重い木箱をひょいひょいと動かしていく様を見ると、気合を入れていた俺の男気というものが、自覚できる速度でしぼんでいった。最終的に部屋の片づけをルーに任せると、俺は家主という立場をよりどころに、金銭が絡んだ仕事を為しに街へと繰り出したのだった。
商店街で俺の話を聞いた皆は一様にルーに同情していた。家具屋のビクトルさんは寝台を負けてくれたばかりか、俺の家まで届けてくれると約束してくれた。仕立て屋のマルグリットさんに至っては、どう見ても売り物の綿布のシーツを端切れと言ってただで譲ってくれた。おかげで俺の懐もだいぶ痛まずに済んだ。最後に配送の手はずを整えて店に戻ってもまだ日は傾いていなかった。話が順調に進んだため、外に出てからさほど時間は経っていない。流石にまだ片付いていないだろう。掃除の進捗を考えながら居住スペースに続く階段を上っていると、不意に爽やかな香りが鼻をくすぐった。はて、我が家はこんな香りがしただろうか? 思い返してみても出てくるのは独り身の男部屋らしい据えた臭いばかりだった。辟易して幾度も掃除を試みたが、この臭いは終ぞ消えることはなかった。なぜその臭いとは関係ない爽やかな香りがしているのか? 首を傾げながら階段を登りきると、煌く光が目を刺した。
階段の突き当り、記憶にある炊事場の光景は、水垢がこびり付いた流し台に、煤まみれのキッチンストーブ、そして何より長年使い古した結果、すっかり色のくすんだ食卓があったはずだった。だが、目の前の流し台はタイルの一つ一つがはめ込まれたばかりのように艶めき、キッチンストーブも一度も火を焚いたことがないとばかりに表面を輝かせ、食卓に至ってはニスを塗りなおしたかのような光沢を取り戻していた。
「おかえりなさいませ、ガストンさん」
様変わりした自宅の光景に呆然としていると、背後から声をかけられた。慌てて振り返ると、階段脇のトイレからルーが顔をのぞかせていた。
「これ、全部お前がやったのか?」
「はい、手が空きましたので一緒に片づけてしまおうと思いまして。ちょっと待ってください。こっちもあと少しで終わりますから」
そう言ってルーはトイレに引っ込んだ。手持無沙汰な俺は改めて炊事場を見渡した。水回り、キッチンストーブ、食卓から床に至るまで、新品同様の輝きを放つそれは何かのついでにできるような仕事ではない。これもトリスさんから授かった魔法の力なのだろうか。俺が感嘆の息をついたところで、ふと窓にぶら下がる影に気が付いた。可愛らしい小さなリボンがあしらわれた巾着状のそれは、窓から吹き込む風を受けて、爽やかな芳香を振りまいていた。ポプリの類だろう。折からの香りはこれから漂っているようだった。
背後から、おりゃー、というルーの掛け声が聞こえた。同時にトイレから水音が響く。流れる音が終わると、精々とした顔のルーがトイレから出てきた。
「こちらも終わりました。流石に疲れましたのでちょっと休憩です」
そう言うと、ルーは食卓に突っ伏した。大儀そうに机に顔をくっつけるルーの脇をすり抜けて、俺はトイレの様子を伺った。扉を開けて感じたことは、この炊事場と同じく爽やかな香りがすることだった。息をするのも覚悟が必要だったはずのトイレはすっかり安心できる匂いで包まれている。こびり付いて洗い落とすことを投げ出していた便器の汚れも綺麗に消え失せていた。そして片隅の小窓では、炊事場で見たものと同じ小袋が風に揺られていた。
「凄いじゃないか。ここまで綺麗にできるなんて、これも荷物を運んだのと同じ魔法の力か?」
「こっちはそうでもないです。ただ、家事はトリス様のところでずっとやってきましたから。ほら、ルーは言いましたよ。お掃除はばっちりだ、って」
伏せていた頭を上げて、ルーはにんまりと笑った。
「えへへ。ほら褒めてください。ルーは有能なんです」
笑顔で称賛を求めるルーは憎らしほどに可愛らしい。しかし、実際に言葉通りの成果を出している以上冗談で茶化すことはできなかった。能なし魔だの穀潰し魔だのさん
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