リディアがこの世に出たとき、母親はいなかった。
家族と呼べるのは血のつながらない父親だけで、彼はある冒険者が持っていたのが ラミアの卵だと気づき護るために買い取った魔術師だった。
魔術の研究所であり家でもあった塔と、その周りに広がる森。それがリディアの知る、世界であった。
父親がいろいろと足りないものを手に入れるため数日間けて街に出るとき、留守番を任されるリディアは、寂しく思う。
だが父親には、幼いころから塔から出てはいけないと言われていたし、子供の頃、頑張って森を出て近くの村に一人で行って、悲鳴を上げられ、武器を持った大人追い回されたこともある。
そのことをきっかけに、自分は何だろうと知識を深めていくうちに、その理由を理解した。
塔には父親が長い時間をかけて集めた書物がたくさんあり、その中にリディアが街に出てはいけない理由も書いてあったのだ。
ラミア 人間の女性の上半身と蛇の尾を併せ持つ邪悪な怪物。人を襲い、食い殺す。
もっともそれは教団が昔書いた嘘の図鑑だったが・・・
人間を食べたいと思ったことはなかったが、脚の部分が虹色の蛇である自分は、どうやらラミアであるらしいと気づいたのはいつごろだったか。
それからは、真面目に父親の研究を手伝いながら、ひっそりと暮らしてきた。
その生活がずっと続く。
・・・・・・そう思っていたのに、父親が風邪で亡くなったときは途方に暮れることになった。
幸い、自給自足で暮らせるようにわずかながら庭で作物を育て、鶏を飼ってきた。
当面は塔の中で今まで通り暮らすこともできる。だが、ぞれはずっとではない。
これまでだって年に数日、父親が村や街に行って、森で取れた薬草やそれを調合した自作の薬、魔術を宿した石や紙などといった森々と交換で、この地で手に入れるのは難しい塩や布、鉄の道具などを手に入れていた。
しかし人間の世界を放浪して、生きるすべと付き合い方を知った父親と違い、人間に追われたことのあるリディアにはそんな経験も知識もない。
今はまだ父親の作ってくれた発情を抑制する薬があるが、いずれは他のラミアのように獣のように本能に身を任せ人を襲うか、人間に追われ、かられる未来しか見えない。
頭の良いリディア自身が悟ったその事実が、心に暗い影を落とす。
彼女は、本に書かれていたこと以外、何も知らないのだ。世界のことも、魔物の世界のことも、村が親魔物系になったことも、時々庭に現れるようになった謎の扉のことも。
――そして、いつか来るであろうと覚悟していた日が来てしまった。
きっかけは、ケンの師匠からの紹介だった。
旅立ちの際に、師匠が知っている大陸の賢者や隠者一人について、聞かされた。
詳しい事情までは知らないが、その人は自分の師匠の師匠の友人にあたるハーフエルフの魔術師で、既に百年は生きている。
さらに彼は、田舎に塔を建てて引きこもる道を選んだ隠者であるが、数々の魔術や知識を持つ素晴らしい魔術師だという。
この大陸の各地には、研究のために俗世のわずらわしさを避けて、人のほとんどいない辺境の地に自分の庵や塔を建て、自給自足で暮らす魔術師がいる。
それは、どんなに優れていても魔物娘に近いハーフエルフが大半だ。
彼等、彼女等は邪魔の入らぬ地で、自らの魔術をさらに磨いて暮らす・・・・・・
そういう人たちを訪ね、技術や知識を交換するのも、魔術師が旅をする理由の一つである。
元より幼馴染であり、今は冒険者となったケンとジャンとテリーの男三人、急ぐ旅でもない。
そんなわけで今回は彼らと共にその魔術師を訪ねることにしたのだ。
「つまりその人に会って、色々教えてもらうってことか?」
「うん。そのつもり。だけど・・・・・・」
歩く道すがら、村で一番体力があり悪ガキだったジャンの確認に頷きながら、昨晩泊まった村で聞いた話を思う。
今、訪ねようとしている魔術師らしき人は、毎年祭りの時期になると村に下りてきて、色々なものと物々交換して必要なものを手に入れたらしい。だが、去年は姿を見せてないという。
「もしかしたら、死んでるかもしれない、と?」
言い淀むケンの言葉の続きを、村長の息子の一人で正統な剣術を習っていたテリーが紡ぐ。
「うん。こういう辺境の地に住む魔術師だとね・・・・・・辺鄙な魔術師の家を訪ねるときは、その『遺産』にも注意しろって師匠も言ってた」
優れた魔術を修めた魔術師といえど、怪我や病気、老いなどで死ぬことは普通にある。
そして、その魔術師が使用してたゴーレムや魔法生物。召喚された悪魔。埋葬されずアンデット化した魔術師本人がいることがある。まあ今は全部魔物娘化してるけど。
「つまり、何がいるかわからねーってことか。腕が鳴るぜ
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