昔々、ある森にヘンゼルという男の子と、グレーテルという女の子の兄妹が住んでいました。
2人の母親は子供達がまだ小さい頃に、森で倒れてきた大木に押し潰されるという事故で亡くなってしまったため、父親は夏の間は小さな畑で作物を育て、冬には木こりとして森の木を切って男手1つで子供達を育てていました。
そしてヘンゼルが13歳、グレーテルが12歳になった年の春、父親は新しい奥さんを迎えました。
この後妻はヘンゼルやグレーテルより少し背が高い程度の小柄な女性でしたが、すばしっこい足であちこち走り回って懸命に夫の仕事を手伝い、2人の継子達にも優しくしてくれました。しかし、その年の夏は例年と比べて気温が低くて作物が思うように育たず、更には質の悪い害虫が大繁殖して作物の殆どを売る事はおろか自分達で食べる事もできない状態にしてしまいました。一家は以前からの蓄えや木こりとしての収入でどうにか食いつないでいましたが、それもやがて限界が訪れ、冬になる頃にはヘンゼルとグレーテルはすっかり骨と皮しかないほどにやせ細ってしまいました。
そんなある日、あまりもの空腹で夜中に目を覚ましたグレーテルは、せめて台所の樽に溜めてある雪解け水で空腹を紛らわせようと考えて廊下に出ましたが、父親と継母の寝室の前を通りかかった時に、2人が口論しているのを耳にしました。
「このままじゃ駄目だってことは俺だって解っているさ。だからってこんなやり方は」
「じゃあ何? 仲良く揃って飢え死にした方がいいって言うの?」
グレーテルが音を立てないように戸をそっと開けてみると、いつも夫や継子達に穏やかに接していた継母が、いつにない剣幕で父に詰め寄っていました。
「そんなこと言ってないさ。だが、もっと別の解決法があるんじゃないか?」
「あるなら言ってみてよ。ほら、今すぐ。夏に作った作物は残っていない。森の木も今年は育ちが悪くて高く売れるような木材は全然取れない。こんな状況を解決する方法をさあ」
「いや、それは……」
父親は言い淀み、黙って俯いてしまいました。
「じゃあ決まりだね。明日子供達を森の奥へ連れて行って、そこに置いてくるからね」
外の森といえば、狼のような猛獣や、人を殺して食べてしまうという魔物がうじゃうじゃ住んでいるという恐ろしい場所です。そんな場所に子供だけで置き去りにされたらなんて考えたくもありません。継母の言葉を聞いたグレーテルは、慌てて子供達の寝室へと走っていきました。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。起きてよ」
ヘンゼルは、妹が慌てて自分を呼ぶ声に目を覚まします。
「んぅ、どうしたんだよグレーテル。こんな夜中に」
眠っている間だけは空腹を忘れられるのに。そう思ったヘンゼルは不機嫌な声を出しながらゆっくりと目を開けます。しかし、次に妹が発した言葉に、彼の目は一発で醒めてしまいました。
「私達、捨てられちゃうんだって!」
「そうか。僕たち、口減らしされちゃうんだな」
グレーテルが盗み聞きしたという話を聞かされたヘンゼルは、すぐに状況を理解しました。確かに今のままでは4人揃って冬を越す食べ物もお金もありません。それに、自分達はこんなにやせ細っているというのに、よく考えると父親と継母だけは今も春の頃と変わらずつやつやしています。いつも子供達がなけなしの食糧を口にしている時には、2人ともそれを全く食べようとしていないにもかかわらず。4人全員が食いつなげる食糧は無いとだいぶ前から見切りをつけ、食糧をどこかに隠して2人だけでこっそり食べているのかもしれません。
ヘンゼルは大人達の立場を理解はしましたが、それでも自分が殺されるとなればそれを避けたいと思うのが人情です。ましてやヘンゼルだけでなく、今も縋るような目でこちらを見てくる妹までとなると尚更。とりあえず明日森からどうにかして生きて帰ることができれば、継母を説得して考え直させられるかもしれない。ヘンゼルはそう思うしかありませんでした。
「大丈夫。お兄ちゃんが何とかするから」
そう言ってグレーテルを安心させるために妹の手をそっと握ると、ヘンゼルは小さな袋を手にこっそり庭へと抜けだし、月の光を受けて白く輝く小石を拾って袋に詰め込みました。それから、庭の隅っこにあるお母さんの小さなお墓の前でお祈りします。
「神様。お母さん。どうかグレーテルを守ってあげてください」
翌朝。父親と継母は昨日寝室で話していた通り、ヘンゼルとグレーテルを森の中に連れて行きました。
「私達は森の奥で木を切ってくるから、あんた達はこの辺で焚き木を拾ったり食べられる木の実が無いか探していなさい。昼食はこれを分けて食べるんだよ」
そう言うと、継母はヘンゼルに小さなパンを1つ渡し、渋る父親の腕を引いて子供達のいる場所からどんどん離れて行きま
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