人魚姫(カテゴリー:マーメイド、シリアス)

 皆さんは海の底というと、どのような世界を思い浮かべますか? 真っ暗でがらんとしていて、真っ白な砂しかない冷たい世界?
 いいえ。違います。海の底には皆さんが住む地上とはまた違う色とりどりの草花やサンゴが生えていて、空を鳥が飛ぶように地上とは違う動物たちが泳ぎまわったり、地上を歩く私達のように海の底を歩き回ったりしているのです。
 そして、海の沖にある更に沖の方、船で海の上を渡る人間達の目には見る事のできない深い深い海の底に、海の魔物娘達が暮らす国がありました。
 この国を治める海の神「ポセイドン」の加護を受けた王様とマーメイドの女王様には、たいそう美しい6人のお姫様がおりました。その中でも末の妹姫様が持つ、ルビーのような真っ赤な髪にサファイアのような青い瞳、エメラルドのような緑色の鱗は特に美しいと評判で、その真っ赤な髪を海にそよがせながら太陽の光を浴びて泳ぐ様は、真っ暗な海の底からでも思わず目を見張るほどにキラキラと輝いておりました。

 ところが、この末の妹の人魚姫は大層お転婆な娘でもありました。お母様や教育係から魔法を教わる時間になるといつも授業をサボってお城を抜け出し、海の上の方へと泳ぎ出すのです。そして人間達の船や魚の群れが通るのを遠くから眺めたり、セイレーンにメロウ、キャンサーといった他の種族の魔物娘達と一緒になって歌や踊りを楽しんだりするのでした。

 ある日の晩、人魚姫がいつものようにお城を抜け出して海面に出てみますと、1隻の船が遠くに見えました。彼女が今までに見たどの船とも比べ物にならない大きさです。船の上では煌々と明かりが灯り、人間達が楽しそうに話しているのが見えます。その人間達の真ん中では、彼らの中でもひと際きらびやかな服を身に付けた若い男の人が周囲から次々に声をかけられていました。
「陛下、この度はお誕生日おめでとうございます」
 人魚姫が船の陰からこっそりと話を聞いてみると、どうやらこの人はどこかの国の王子様で、船の上ではその王子様の誕生日を祝うパーティが開かれているようです。王子様は次々とお祝いの声をかけてくる人達に笑いながら応えていましたが、やがて疲れた様子で人の輪から離れて船の端へと歩いてきました。そこでようやく王子様の顔を見た人魚姫は、思わずこう呟きました。
「まあ、なんて素敵な人でしょう」
 すっかり王子様の姿に目を奪われた人魚姫は、それ以外には何も目に入らなくなっていきました。船の真ん中で楽しそうに話す他の人間達も、それを照らす眩しい灯りの炎や全てを見下ろすように輝く星の光。そして、いつの間にか船の近くへと泳いでくる人魚姫以外のもう1つの影にも。

「陛下、どうなさいました。どこかお加減でも悪いのですか」
 船の端で遥かな海を眺めていた王子様の隣に、年配の男の人が歩み寄ってきました。綺麗に整えられた髪や髭には白い物が混じっており、心配そうな表情を浮かべています。
「大丈夫だよ、じいや。ありがとう。ちょっと星と海が見たくなっただけさ」
 王子様が「じいや」の声に答えたその時、事件は起こりました。
「あら。あんな所に私好みのナイスミドルがいるわ!」
 突然、人魚姫の隣で大きな水しぶきが上がったかと思うと、クラーケンが姿を現したのです。クラーケンは王子様の隣にいる「じいや」の所へ登ろうとするように何本もの触手を船に巻きつけました。ミシミシと大きな音を立てて船が軋みます。
「おい、一体何が起きた」
「魔物だ! 魔物が船に取りついてきたぞ!」
 船の上はたちまち大騒ぎになり、何人もの兵士がクラーケンの方へと矢を放ちました。しかし、揺れる船の上からではまともに狙いが定まるはずもなく、そうしている間にも船はまるで悲鳴を上げるように大きな音を立てて軋んでいきます。そしてついに、船は真ん中から半分に折れてしまい、上にいたたくさんの人達が海へと投げ出されました。人魚姫の目には、溺れるたくたんの人達の間へと落ちていく王子様の姿がはっきりと写ります。
「大変!」
 人魚姫は慌てて王子様の所へと泳いでいきました。海の中では「じいや」を捕まえたクラーケンが真っ黒な魔力を吐き出し、おまけに砕けた船の材木が辺りを漂い始め、人魚姫の行く手を阻みます。
(王子様! 死んじゃダメ!)
 それでも人魚姫は海の底へ沈んでいきそうになる王子様の元へと懸命にたどり着き、彼の手を引っ張って海面を目指します。
(ああ。こんなことになるんだったら、ちゃんと魔法の勉強をしておけばよかったわ)
 海に住む魔物娘は人間が水中で呼吸ができるようにする魔法を使う事で、その人間が自分と一緒に暮らせるようにする力を持っています。しかし、今まで魔法の勉強をほとんどしていなかった人魚姫は、まだこの魔法をうまく使えません。他の魔物娘に助けを求めようにも、クラー
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