嫌な顔されながら美少年の弟分に見せてもらいたい

「乾杯」
 俺は呟くように言いながら、自分が小隊長を務める部隊の隊員であるマリンとグラスを合わせた。
 とは言っても、別に何か祝い事があるわけではない。




 数年前、主神教団に属する国家の中でも有数の大国だったレスカティエが魔王軍との戦いで陥落した。
 レスカティエの下でおこぼれに与ってきたうちのような小国はどこもたいへんな騒ぎになり、早々に降伏して魔王軍の軍門に下る国もあれば、徹底抗戦の構えを見せてレスカティエと同じ運命をたどる国もあった。
 特に長年に渡ってレスカティエに入ってくる交易品や教団信者からの上納品の中継地点として潤っていたうちの国なんかは、最大の収入源を突然失い窮地に立たされた。
 そして民衆から対応を迫られたうちの王族や政治家どもはとうとう、うちの国からも軍隊を送ってレスカティエから魔王軍を追い払うと宣言した。
 小隊長でしかない俺の立場から見ても、どう考えても無茶な話だ。
 そしてその無茶な攻撃で敵の前に立たされるのは、無茶な決定をした爺さん達ではなく俺達というわけである。
 というわけで俺は出陣を明日に控えた今夜、ずっと戦場で背中を預けてきた仲間であるマリンと一緒に、教団の神父の説教に出てくる言い回しを借りるなら「最後の晩餐」ならぬ「最後の晩酌」を酒場であおっているわけである。

 そして互いにだいぶ酒も回ってきた頃になって、マリンはふと思いついたように話を切り出した。
「隊長、こんな事になるならやっときたかったって事無いですか?」
 どういう事かと尋ねる俺に、マリンは更に続ける。
「隊長も今度の戦いで生きて帰ってこれるなんて思ってないですよね? だったらこんな事やりたかったとか無いですか? ……確かに今更言ってもどうにもならない事ですが、ほら、言うだけならタダですよ」
 俺も酒が回っていたのだろう。そう言って20歳を過ぎてもまだまだあどけなさの残る顔で急かしてくるマリンの顔を見た俺は、ぽつりとある事を呟いた。
「は、今何と言いました?」
 さっきまでの楽しそうだったマリンの顔がみるみるうちに侮蔑と怒りの混じった表情へと変わっていく。その姿を認めながら、俺はさっきと全く同じ言葉を繰り返した。
 君のおパンツを見せてほしい、と。
「ふざけんなっ!」
 マリンの怒号と共に、グラスの中に入っていた残り少ない酒が俺の頭に降りかかった。
「俺は軍隊に入った頃、女みたいな顔をしていると笑われて、時には無理やり服を脱がされたりもした。それでもあんたは俺をそうやって笑う奴らを諫めて、俺をあんたの小隊に迎えてまでくれた。だから俺はあんたの所で必死に戦ってきたのに、あんたまで腹の中では俺を女みたいだと笑っていたのかよ!」
 それだけまくし立てて酒場から走り去る、俺にとって大事な弟のように思っていた男の背中を俺はただ黙って見ている事しかできなかった。




「いつまで追いかけっこを続けるつもりだい? いつまでも逃げられないのは解っているでしょ?」
 あざ笑うように飛んでくるサキュバスの声を背に受けながら、俺は必死に走っていた。
 この戦は最初から負け戦にしかならないと覚悟していた俺達だったが、いざ敵と遭遇するとそんな認識すらもとても甘い物だったという事を思い知らされた。
 これは勝ち負けのある戦ですらなかった。あいつらが俺達という「獲物」を一方的に追い詰めて食い物にする狩りだった。
 小隊の仲間は既に殆どが魔物に組み伏せられて犯された。さっきまで背中を預けて共に戦っていた女が目の前で魔物に変わり、その女に犯された奴もいた。
 そして俺は、そんな奴らを横目にしながら走って逃げる事しかできなかった。
 自分だけが助かるためじゃない。戦いの中でいつの間にか姿を見失ったマリンを探すために。
 酔った勢いとはいえ酒場であんな事を口走ってしまって、あいつに悲しい思いをさせてしまって、そのままあいつとお別れするなんて嫌だ。そんな思いだけを胸に抱えながら。
「はーい、残念」
 しかし、そんな俺の思いを踏みにじるように、巨大な戦斧を構えたミノタウロスがいつの間にか俺の前方に待ち構えていた。
「ふん!」
 ミノタウロスが戦斧を振りかぶる。咄嗟に避けようとして無理な体勢を取った俺は、バランスを崩して地面に思いっきり倒れ込んだ。そんな俺を後ろから追いすがってきたサキュバスが取り押さえる。
「やっと捕まえた」
 そう言って楽しそうに笑うサキュバスの姿に、俺は最後の抵抗にと叫ぶ。俺はどうなってもいい。だからマリンにだけは手を出すなと。
「ふうん。そんなにあのマリンって男の事が大事なんだ」
 俺の叫びを聞いたサキュバスは俺の耳元に口を寄せると、まさしく悪魔の囁きを俺の耳に吹き込んだ。
「君を見ていると、昔の僕を思い出すよ」




「俺とあんた以外
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