蛸と尼

 ここはジパングの海底にある竜宮城。乙姫という龍に近い力を持つ強大な魔物娘の加護により、地上の人間も問題なく歩き回る事ができるばかりか、地上から持ち込まれた衣服や物品も濡れる事は無い。今は朝日が出てきたばかりなので、さすがに宴は開かれていないが、庭園には色取り取りの木々や草花が咲き乱れており、子供達が「絵にも描けない美しさ」と歌うのも頷けるまさしく夢の楽園である。
 そして、そんな美しい庭園の中を1人の魔物娘が泳いでいた。彼女の種族は海和尚。海に住む魔物娘の夫が妻と共に水中で暮らせるようにする婚礼の儀式を執り行う海神の尼僧であり、竜宮城への客人を案内する役目も持つ亀の魔物娘である。
「うーん。いい朝ですね。今日は非番ですし、1日中天気も良さそうです。地上に出てみましょうか」
 そう言いながら、海和尚は庭園を見回す。耳を凝らすと海流に草木が揺れる音に混じって、朝も早くから魔物娘達がどこかの物陰で夫と情熱的に愛を交わす声が聞こえてくる。更に気を付けて見聞きすると、中には夫1人に複数の妻が集まっている夫婦や逆に伴侶がおらず独りで自らを慰めている者達も確認できるのはご愛敬だ。
「海神様。乙姫様。今日も皆が平和に愛を確かめ合えることを感謝いたします」
 海和尚が祈りを捧げていた時、彼女はふと見慣れない種族が庭園の中にいるのを目に留めた。一見すると人魚や乙姫にも似ているが、下半身が魚や竜の落とし子ではなく蛸の脚のようになっている。そして、その魔物娘は背が高い娘と少し低めの娘の2人組で、近くに夫がいる様子もなかった。
 西の海から来た観光客だろうか。海和尚はそう考えた。西の海にはジパングとは全く異なる生態の魔物娘が多く住んでおり、最近では彼女達が新婚旅行や夫探しで遊びに来ることも珍しくない。
「あの、よろしかったらご案内いたしましょうか」
 初めて見かける種族に興味を持ったというのもあるが、元来海和尚は献身的な気性の者が多い。彼女もその例にもれず、非番にも関わらず2人組に声をかけた。

「へえ。こっちのシー・ビショップは亀なのか。私はヴァネッサ、こっちの背が高い方はペス。私達、西の海から来たスキュラなんだ」
「よろしく」
「すきゅら……? とにかく、こちらへはやはり観光に?」
「観光というか傷心旅行、みたいなものかな」
「傷心旅行、ですか?」
 重い事情が垣間見えそうな単語に、海和尚は少し身構える。
「ちょっとヴァネッサ、この子をからかわないの。別に男にフラれたとかそういうのじゃないのよ。住んでた場所に居づらくなって、ちょっとした家出のつもりで来たわけ」
 話を聞くと、スキュラという種族はカリュブディスという魔物娘の住処の近くにいることが多い種族らしい。こちらも海和尚には聞き覚えの無い種族だが、話によるとフジツボのような巣を持つ種族で、渦潮を起こす力があるらしい。そしてスキュラはその渦潮に落ちた男性のおこぼれを狙ったりするのだという。
「それがさ、この前カリュブディスが夫を手に入れたんだけど、その男が私達の好みでもあったわけ。それであの娘達がまぐわってる時に混ぜて貰おうと思って巣穴に入ったらさ、物凄い剣幕で怒りだして。でも渦潮で私達をまとめて吹き飛ばすのはさすがにやり過ぎだと思わない?」
「ははは……。それは災難でしたね」
 さすがに夫婦で愛を交わしている寝室に乱入されたらどんな種族でも怒るだろうと海和尚は考えたが、彼女はその言葉を飲み込んだ。しかし、その次にヴァネッサが吐き出した言葉は、海和尚にとって衝撃的なものとなる。
「あの娘が前に男を捕まえられなかったときなんか、私達が体で慰めてあげたのに!」
「え? お2人は、その、女の方同士でそういう事なさったりするんですか」
「まあね。と言っても、恋愛対象として好きになるのは男の人だけだけど」
「そうそう。お互いの身体を気持ちよくするためだけの行為だし、感覚的にはオナニーの延長線上って感じかな」
 本当は、同じく自分達も男を手に入れる事に失敗して欲求不満に至った彼女達が未婚だったカリュブディスを「ヤケ食い」したというのが実情に近いところなのだが、海和尚には知る由は無い。魔物娘の中には人間の女性と交わる事で相手を同族に変える種族も多いし、それと似たような感覚なのだろうかと彼女は考えた。

「へえ。世の中には私の思っていた以上に色々な魔物娘の方がいらっしゃるんですね。勉強になります」
 頬を真っ赤にする海和尚を見ながら、ペスの脳裏では彼女とヴァネッサがカリュブディスを性的に「からかった」時の光景が浮かんでいた。成熟しながらも子供のように見える体躯をしたあの娘が、吸盤の付いた自分達の脚に肢体を絡め取られて快楽と羞恥に悶える様が。下腹部の奥が熱を持ち始める。
 ペスがそれとなく目くばせすると、ヴァネッ
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