ある酷い嵐の晩の事です。年を取った詩人が家の中で暖炉のそばに置いた椅子に座って火にあたりながら呟きました。
「わしは決して裕福とは言えんが、こうしてどうにか雨風を凌げるだけの家があり、暖炉のそばで温まる事ができる。じゃが、こんな嵐の中で外に立っていなければならない人達は気の毒じゃなあ」
そして、詩人のおじいさんがふと窓の外を見ると、そこに小さな子供が立っていました。
「こりゃいかん!」
詩人のおじいさんは慌てて戸を開けると、その子供を家の中に招き入れました。子供は殆ど裸に近い格好で、褐色の肌に桃色の髪と同じく桃色のふわふわした翼を持っています。そして、その全てが激しい雨風に晒されてずぶ濡れになり、水滴をぽたぽたと垂らしながら寒そうに震えていました。
「かわいそうに」
そう言って詩人のおじいさんは子供の手を取り、暖炉のそばに連れて行きます。
「ほら、あったかくしてあげよう。ぜいたくなごちそうは無いが、ぶどうジュースとリンゴならあるぞ」
詩人のおじいさんは子供に食事を与え、子供がそれを食べている間にずぶ濡れになった髪を拭いてあげました。子供はその間ずっと無表情でしたが、その目は窓の外に立っている時に比べると明るい星のようにきらきらと輝いて見えました。
「よし。これで綺麗になった。ところでおまえさん、名前は何と言うんじゃ?」
詩人が子供に尋ねると、子供はよく見なければ解らない程度にかすかに顔を赤く染め、
「アモル(編注:これはある国の言葉で「キューピッド」を意味する単語であり、「エロス神」「愛」といった意味を持つ場合もあります)」
とだけ答えました。
「アモルか。いい名だ。さあ、アモルや。一緒に火のそばで嵐が過ぎるのをゆっくり待とうじゃないか」
詩人のおじいさんが自分の膝をぽんぽんと叩くと、小さなアモルはその翼で飛び上がってちょこんと膝の上に乗りました。
「実はな。わしは若い頃に1度だけ結婚したことがあったんじゃが、その時の奥さんはすぐに流行り病で死んでしもうた。それから新しい人と結婚し直してはどうかと話を持ち掛けてくる者もおったが、わしは前の奥さんが忘れられず、気付けばこうして独りのまま年を取ってしもうた。もしその奥さんが今も生きていたら、今頃はおまえさんくらいの年頃の孫がいてもおかしくなかったかもしれん」
アモルはその言葉を何も言わずにじっと聞いていました。
翌朝。詩人のおじいさんの膝の上で目を覚ましたアモルが窓の外を見ると、昨夜の激しい嵐が嘘だったように空が綺麗に晴れ渡っていました。それを見たアモルはまだ椅子に座って眠っているおじいさんの膝からぴょんと飛び降りると、どこからか大きな弓と金色の矢を取り出します。そしてそれで何をしたと思います? アモルはなんとその弓矢で詩人のおじいさんに狙いを定め、その心臓を射抜いたのです。嵐の中で寒さに震えていたアモルを暖かい部屋の中に入れてくれて、ぶどうジュースとりんごを分けてくれた優しいおじいさんにですよ。
そしてアモルは心臓を矢で射られた詩人のおじいさんがはっと目を開けて呆然としているのを見ると、それまでずっと無表情だったのが初めていたずらっぽい笑みを浮かべ、翼を使って火の消えた暖炉から煙突を通って外へと飛び出していきました。
詩人のおじいさんはアモルの姿が見えなくなってからもしばらくの間呆然としていましたが、やがて椅子から立ち上がってこう言いました。
「アモルはなんといういたずらっ子じゃ! 子供達にアモルの事を話して、あの子に気を付けるように教えてあげないと。そうしないとアモルはまたわしのように誰かを騙して矢で射ようとするぞ!」
それから詩人のおじいさんは世界中を歩き回り、行く先々で子供達にアモルの事を話しました。それを聞いた子供達は男の子も女の子もアモルに射られないように気を付けましたが、それでもアモルは抜け目がなかったので、うまく子供達を騙しました。
子供達が一緒に遊んでいる時なんかに、男の子と女の子の手が触れたり目が合ったりすると、気が付けばそのわずかな隙をついてアモルの矢が心臓を射抜いていたりするのです。たまに男の子と女の子ではなく、男の子同士や女の子同士で射られた子もいました。
アモルはどこにでもうまく入り込みます。主神教のシスターになるために真面目に勉強をしている女の子の後ろをこっそり付いて行き、神父さんが主神様の教えを説いているのを聞いている時にこの女の子を矢で射抜いたりした事も1度や2度ではありません。
そうです。アモルはとても悪いいたずらっ子です。そして、恐ろしく強いいたずらっ子でもあります。アモルに矢で射られたのは人間だけではありません。宝を狙って何度も諦めずにやってくる男をぞんざいに追い返していたドラゴンの心臓を真っ黒な矢で
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