図鑑世界童話全集「賢い百姓娘」(改訂版)

 昔々、ある所に小さな王国がありました。その国の王様はとてもハンサムで、当然お金持ちでもあったので結婚話が毎日のように舞い込んで来ておりました。
 そこである時、王様はこういうお触れを出しました。
「服を着ず、裸でもなく、何にも乗らず自分の足で歩きもせず、魔法を使ったり空を飛んだりもせずに私の城に来た者と結婚することにする」
 国内外の多くの女性がこの難題に頭をひねっておりましたが、ある時1台の馬車が王様のお城にやってきました。なんとその馬車の荷台の下には、裸の女性が魚とりの網に包まれた状態で括りつけられています。その女性は王様に言いました。
「陛下。これがあのお触れへの答えです。私は服を着ておりませんし、網で身体を隠しているので裸でもありません。自分の足で歩いたり魔法を使ったり空を飛んだりもしていませんし、荷台の下に括りつけられていたので何にも乗っていません」
 そう言って妖しげな仕草で魚の網を脱ぎ去っていく女性の姿に、王様は思わずごくりとつばを飲みました。
「お前は誰で、どこから来たのだ」
「私はこの国の端の方の田舎で小さな畑を耕し、つつましく暮らしている娘です」
 王様はこの女性を気に入り、早速結婚式を挙げ、熱い初夜を過ごしました。
 その女性はそれまで男性との交わりを知らない身体であったという証を確かに持っていましたが、百戦錬磨の娼婦にも負けないと思われるような手管で王様の情欲を煽り、初めてだというのに王様の激しい攻めにも苦痛を訴えるどころか気持ち良さそうに喘ぎ声を上げておりました。




 こうして王様と王妃様が結婚してから、数年の月日が経ちました。王様も王妃様も未だに飽きる様子もなく、共に城にいる時には毎晩のように情熱的な夜のお勤めを繰り返しております。そんなある日、この王国に住む2人の百姓の間で争い事がありました。
 1人の百姓が馬小屋に3頭の馬を飼っており、そのうち1頭が仔馬を出産したのですが、その仔馬が馬小屋を抜け出して隣の牛小屋に駆け込んでしまいました。牛小屋の持ち主はこの仔馬が自分の牛小屋の子供だと言い張り、当然馬小屋の持ち主もこれに抗議します。
 とうとう2人の百姓は取っ組み合いを始めてしまい、裁判で決着を付けることになりました。その裁判で王様はこのような裁定を下します。
「仔馬は自分の意思で馬小屋の子供ではなく牛小屋の子供になる事を選んだ。だから牛小屋の持ち主の物だ」
 牛小屋の持ち主はこの決定に大喜びしましたが、馬小屋の持ち主は納得のいかない顔をしておりました。

 翌日、王様が領地の見回りに出かけますと、王様がいつも通る道の真ん中で昨日の馬小屋の持ち主が地面に向かって魚とりの網を投げておりました。不思議に思った王様の家来が訪ねます。
「そこで何をしている」
 馬小屋の持ち主はこう答えました。
「魚を捕っているのです」
「水のないところでどうやって魚を捕るというのだ」
 すると、馬小屋の持ち主は王様の方をじっと見て答えます。
「牛小屋で仔馬が産まれると陛下が仰るのですから、それなら水のない場所に魚が住んでいてもおかしくないはずです」
 これを聞いて、近くで騒ぎを見ていた町の人達もひそひそと噂話を始めました。
「やっぱり。昨日の王様の決定はおかしいと思ったよ」
 恥をかかされた王様は顔を真っ赤にしてぶるぶると震えながら、馬小屋の持ち主に怒鳴りました。
「お前、誰の入れ知恵でこんなことを考えた!」
 すると、王様のあまりの怒りようにすっかり震えあがってしまった馬小屋の持ち主はあっさりと白状してしまいました。
「昨日の裁判の後、王妃様が私のところにやってきてこうするようにお命じになりました」
「なんだと?」

 王様は慌ててお城に引き返すと、王妃様を呼び出してこう言いました。
「お前はどうして急に私を裏切るような真似をしたのだ? 悪いが私にも国王としての立場というものがある。民衆の前で恥をかかされて、その首謀者を処罰しないというわけにはいかないのだ。お前には、小さな畑を耕すつつましい暮らしとやらに戻ってもらわなければならん」
 本音を言えば、王様も王妃様を好き好んで放り出したいわけではありません。この数年間国政に関して王妃様の助言には何度も助けられましたし、下世話な話ではありますが、何より王妃様との夜の交わりの気持ちよさをもう2度と味わえないというのは惜しい物があります。
「陛下のご命令とあらば、仰せの通りにいたします」
 そう言って頭を下げる王妃の姿を見ると、自分から離縁を切り出しておきながら、それをあっさりと承諾するのかと王様は心の中で落胆してしまいます。すると、王妃様は更にこう付け加えました。
「しかし、差し出がましい事ではありますが、このお城にある物を1つだけ持ち帰らせてはいただけないでしょうか
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