あれは私が生徒会庶務の仕事を終えた後、帰る支度をしている途中で忘れ物に気付き、生徒会室に引き返した時の事でした。
生徒会室の近くまで来た私は、そこから何やら怪しげな物音が聞こえてくるのに気が付きました。
(まさか……変質者!?)
生来の臆病な気質のせいで悪い方向に想像してしまった私は、音を立てないようにように気を付けながら生徒会室の扉を少し開け、慎重に中を覗きます。そして、そこで固まって動けなくなってしまいました。
私が見た光景。それは私がこの学校に入学した時からずっと憧れてきた人が、夕陽を背に女の子と抱き合っている姿だったのです。
と言っても、その憧れの人は男の人ではありません。そもそも私が通っている聖百合ヶ丘女学院はその名の通り女子校であり、私の憧れの人である生徒会長の赤宮さんも当然女性です。
赤宮さんは魔物娘の「貴族」と呼ばれるヴァンパイアという種族に生まれたいわゆるお嬢様であり、その凛とした佇まいには女性である私から見ても思わずドキッとしてしまうものがありますが、私が赤宮さんに憧れているのはそこだけではありません。ヴァンパイアという種族は魔物娘の中でも大きな力を持つ種族の1つですが、日光の下では人間の少女と同じ程度の力しか出せないそうです。しかし、赤宮さんはそんな状態でも憶する事無く人前に立ち、生徒会長としてみんなの中心になって引っ張っていくという魔物娘の持つ力とは別の強さを持っています。小さな頃から臆病で引っ込み思案だった私にはない強さです。
私はそんな赤宮さんの強さに憧れました。この学校では1年生の中から希望者が庶務として生徒会役員のお姉さま方のお仕事を手伝い、生徒会の仕事に必要な事をご教示いただくことになっているのですが、私は赤宮さんに近づきたい一心でこの話に飛びついたのでした。
そんな私が生徒会室の入り口からこっそり様子を伺う中、赤宮さんは相手の女の子の首筋に噛み付きました。ちょうど赤宮さんは沈みゆく夕陽を背にして立っている格好になるので、相手の女の子の姿は私の所からはよく見えません。抱きしめられている背中から下を見てこの学校の制服を着ているとようやく解る程度です。
「いいなあ」
私は思わずそう呟いてしまいました。ヴァンパイアが精を得るために吸血するのは人間やインキュバスの男の人だけですが、同族の資質があると認めた人間の女性に対しても、相手をヴァンパイアに変えるために吸血すると聞いたことがあります。あの女の子はそれだけのものがあると赤宮さんに認められたのでしょう。正直とても羨ましい事です。
いや、これも言い訳ですね。仮に私が赤宮さんに認められたとしても、彼女が私の血を吸う事は無いでしょう。私も彼女と同じように、生まれながらの魔物娘なのですから。
そんな事を考えていた時、赤宮さんに噛み付かれていた女の子の背中がビクッと跳ねました。三つ編みのおさげが大きく揺れます。それを目にした時、相手の女の子が誰なのか気付きました。
「あれってもしかして……副会長?」
その女の子は生徒会副会長の黄瀬さんでした。三つ編みのおさげに黒縁の眼鏡という、いかにも漫画に出てくる「お堅い学級委員長」がそのまま飛び出してきたような恰好をした人間の方で、生徒会活動の時にはいつも学院の皆から注目を集めている赤宮さんの隣に並んでいるので失礼ですがその、あまり印象に残らないというか地味な感じを受ける方です。しかし、今まで考えた事もありませんでしたがこの学院の生徒の中でいちばん赤宮さんの近くにいるのは誰かと聞かれれば確かにあの人です。そう考えると確かに、彼女なら赤宮さんに同族の資質があると認められていてもおかしな話ではない気がしてきます。
「……ふぅ」
血を吸い終えたのか、赤宮さんが黄瀬さんの首筋から唇を離しました。同時に窓の外では夕陽が完全に沈み、天井の蛍光灯だけが2人の姿を照らし出します。赤宮さんの頬は赤く染まり、その表情は普段のクールな姿とは似ても似つかないような、とても色っぽいものになっていました。
「赤宮さん、きれい」
その顔に見惚れていた私は自分の置かれた状況も忘れて思わず身を乗り出してしまいます。
「あっ」
バランスを崩したと気付いたときにはもう遅く、生徒会室の入り口の引き戸が勢いよく開き、私はその内側に倒れ込んでしまいました。
「誰!?」
床に突っ伏すような格好になった私が恐る恐る顔を上げると、赤宮さんと目が合いました。赤宮さんに咄嗟に庇うようにして抱きしめられている黄瀬さんも、こちらを見ています。
「あなた1年の、浜浦さん……よね?」
そう言いながら赤宮さんはこちらにつかつかと歩み寄ってくると、私の前にしゃがみ込んで聞いてきました。
「もしかして、見た?」
「…………」
「そう。見たのね」
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