昔々、ある反魔物領の王国に、うぬぼれやなお妃様がいました。ある時、魔法の鏡を手に入れたお妃様は、その鏡にこう問いかけました。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。この国で一番美しいのはだあれ?」
すると、鏡は抑揚のない声でこう答えました。
「ソレハ、白雪姫デス」
鏡の返答に、お妃様はこう叫びました。
「あいつ男じゃない!」
この国では先代の魔王様の時代から、男の子に女の子の名前を付けて幼いうちは女の子の格好をさせ、この国の成人年齢である15歳の誕生日に男性としての名前を改めて名乗らせるという変わった風習がありました。こうすることで悪霊から男の子を守る事ができるというジパングから伝わった迷信があったのです。皮肉にも今の魔王様に代替わりして魔物が変化したことで、方向性だけ見ればある意味有効になった気がしなくもありません。
そして、白雪姫というのはお妃様の夫君である王様の、遠い親戚の男の子でした。雪のように白い肌と、赤く血色の良い頬、黒檀のように艶のある真っ黒な髪をした美少年です。彼の母親は彼を産んだ時に産後の肥立ちが悪くて命を落とし、父親も数年前に流行り病で亡くなったので、王様は白雪を養子に迎えていました。この時には15歳の誕生日までギリギリ1月残っていたので、まだ男性としての名前を名乗っていません。
鏡の返答を聞いて、お妃様はこの鏡をかち割ってやろうかと思いました。そもそもお妃様からすれば「この国で一番美しいのは誰か」と問われてお妃様以外の名前を挙げるというのは、「『き』で始まる綺麗な物といえば何か」と問われて「きれいなきんたま」と返すようなものです。これが人間なら、呪いで熊のぬいぐるみに変える刑罰を即座に言い渡されてしまいます。
しかし、お妃様はぐっとこらえます。この魔法の鏡はグレムリンという魔物が技術の粋を集めて作り、持ち主の求める真実を見通して持ち主に伝えるという触れ込みで売られていた絡繰なのです。しかも反魔物領なら通常では見つかれば確実に没収して破棄されるか厳重に封印される類の道具なので、手に入れるには裏から手を回す必要があるという事でお妃様はこれを買うのにかなりの大金を吹っ掛けられていました。そんな凄い魔法の鏡ならもっと先に聞くべき事が色々ありそうなのに、まず自分のちっぽけな自尊心を満たす事を考える辺りにお妃様の小物ぶりが伺えます。
その時、お妃様はふとこう考えなおしました。
「いや、待てよ。確かに白雪の美しさは厄介かもしれない」
お妃様がこう考える理由は、白雪を養子に迎えた王様にありました。一般の国民にはひた隠しにされている事ですがこの王様、実は大の男好きで、特に美青年を目の前にすると後先考えなくなる節がありました。先代の王様がまだご存命だった頃、当時王子だった今の王様は同盟国との会談の場でよその国の王子様に一目惚れし、ろくに会話もした事のないうちから大量に恋文を送り付けるというとんでもない事をしでかして、先代の王様が自ら事態収拾に乗り出さなければ危うく国交断絶まで行きかけた事もあったくらいです。
お妃様と結婚した事についても、「お前と結婚したのは貴族であるお前の家との繋がりと、私の跡取りを産んでくれる者を得るためだけだ」とお妃様に婚礼の席ではっきり告げていました。お妃様も王妃、そしてゆくゆくは次期国王の母親という立場を得る事だけが目当てだったので、そこはお互い様です。(編注:今の魔物娘にとっては信じがたい事ですが、人間というのは相手への愛情や恋愛感情が全くなくても、その気になれば損得勘定だけで結婚して子供を生む事のできる不思議な生物なのです)
しかし、王様がこの調子では、お妃様と寝屋を共にする回数も知れたものであり、お妃様がお世継ぎを産むことなどそうそう望めそうにもありません。実際、王様とお妃様は未だに実の子に恵まれず、この国では王様の養子は15歳の成人を迎えれば王位継承権を持つので、来月には白雪が唯一の次期国王候補になります。仮に今からお妃様がお世継ぎを産んだとしても、白雪が美青年に成長すれば王様はお妃様との子を差し置いて白雪を後継者に指名してしまうでしょう。それどころか、王様は白雪と相手の顔を見なくても股間を握った感触だけで判別できるような仲になろうとするかもしれません。お妃様とその子供――その時にいたらですが――の居場所は無くなります。
こうなったら白雪を消すしかない。お妃様はそう結論付けました。
次は具体的な方法です。まず、王様に白雪の死をすぐに知られてしまうような方法を使う案は真っ先に除外しました。そうすれば仮にお妃様の仕業だとばれずに済んだとしても、王様は白雪のお墓として、将来お妃様が亡くなる時より立派な墓を立ててしまうでしょう。それではお妃様の小物な自尊心は満たされません。それに王様は白
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