図鑑世界童話全集「のろまなワームの子」

 それは、明緑魔界のど真ん中にある山の中での事でした。ある1人のワームが、切り立った崖の真ん中に作った巣の中で、愛する夫との間に授かった愛の結晶である大きな卵を温めておりました。もうそろそろ生まれるかと思ったある日、ワームがふと巣の外を見てみると、近くにある大きな木の枝の上に、魔物の卵が1つ載っておりました。
「大変だ。卵が1つ巣から落っこちてしまっていたんだ」
 ワームは慌ててその卵を拾い、自分の巣の中にあるそれと一緒に温めます。よく見るとその卵は自分が産んだそれとは色も形も全然違っていますし、そもそも彼女が産んだ卵は1つだけのはずなのですが、慌てていたワームはそれに気が付きませんでした。

 それから数日経ち、片方の卵から元気でかわいらしいワームの赤ちゃんが殻を勢いよく破って出てきました。もう1つの卵からはなかなか赤ちゃんが生まれてくる気配がないのでお母さんワームは心配しましたが、そこから更に1週間が経ったころ、ようやく2つめの卵も割れて中から赤ちゃんが出てきました。

 お母さんワームは娘達に山の中で捕ってきた動物の肉を与えたりして懸命に育てていましたが、しばらく経つと妹の方の様子がおかしいことに気が付きました。
 お姉ちゃんワームはお母さんと同じように頑丈な鱗が身体じゅうに生えてきて、自分で動けるようになると巣の外に飛び出して勢いよく獣を追いかけたりしていたのですが、妹ワームはいつまでたっても鱗が生えてくる様子がなく、生まれたての頃と同じように柔らかいままなのです。動きもやけにのろく、動物の肉よりも葉っぱや木の実を食べたがります。その代わりに食べる量は凄まじく、人間なら1口かじっただけでも発情して何も考えられなくなるような魔力のたっぷり詰まった果実をお腹いっぱい食べた後、その場でそのまま眠りこけるという事もしばしばでした。そのため、夕方になると木の根元や枝の上で眠りこける妹ワームを探し出して巣の中に戻してあげるのがお母さんワームの日課でした。




 娘たちもそろそろ大人と言っていいくらいに大きくなり、秋もそろそろ終わりに近づこうかというある日、お姉ちゃんワームが突然大声で叫びだしました。
「男の気配がする!」
 そう叫ぶが早いか、お姉ちゃんワームは巣から勢いよく飛び出し、崖下の森に落っこちたかと思うと、森の木々をなぎ倒しながらどこかへと走り去っていきました。ちなみに人間達はこの動きを、美女を見つけると似たようなことをしていた伝説の大泥棒の名前になぞらえて「ルパンダイブ」と呼びます。妹ワームはお母さんワームと一緒にそれを眺めていましたが、程なくしてお姉ちゃんと同じように巣から飛び出し、ゆっくりした動きで崖を降りていきました。お姉ちゃんと同じように魅力的な男の気配を察知したのでしょうか。いいえ、そうではないようです。
「ぱくぱく。もぐもぐ。むしゃむしゃ」
 どうやら妹ワームはお姉ちゃんワームがなぎ倒した木の葉っぱや実を食べようとしていただけのようです。そうしている間に、妹ワームもお姉ちゃんワームの通った後を追いかけるようにしてどんどん巣から遠ざかっていきます。
「身を守る鱗もないのに、あの娘大丈夫かな」
 お母さんワームは心配そうに言いましたが、妹ワームを追いかけることはしませんでした。既にお母さんワームのお腹の中には新しい卵ができ始めていて、新しい娘を育てるために巣を整えたり、お腹の中の卵を大きくする魔力を蓄えるためにお父さんに精液を貰ったりするのに忙しかったのです。




「あれ? お姉ちゃんもお母さんもいないなあ。どこだろ」
 妹ワームはだいぶお腹いっぱいになってきてからようやく、自分が巣からだいぶ離れてしまったことに気が付きました。きょろきょろと辺りを見回してみても知らない景色ばかりです。その時、茂みの向こうから大きな声が聞こえてきました。
「ちくしょう! あいつどこ行った」
 妹ワームがそちらに行ってみると、ワームと同じように下半身が鱗に覆われた巨大なしっぽになっている魔物娘の姿が見えました。
「だれ? もしかして、お姉ちゃん?」
 妹ワームが声をかけながら近づいてみると、それはラミアという蛇の魔物娘でした。
「誰ってこっちが聞きたいわよ。あんたみたいなのろまな妹なんて知らないわ。それより、私急いでいるんだけど」
 それだけ言うと、ラミアのお姉さんはワームのお姉ちゃんに負けないくらい素早い動きでどこかへと走り去っていきます。妹ワームは再びおいしそうな葉っぱや実をつけた木を探しては食べつくしていきました。




 そうしているうちに、気が付くと妹ワームは山の上のほうにまでやってきていました。そこではひと足先に冬が訪れていて、辺りはとても寒く、食べ物になる葉っぱや木の実も見つかりません。それどころかちらちらと
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