図鑑世界童話全集「かえるの王さま」

 昔々、まだ魔王様が代替わりしてから間もないくらいかなり昔のこと。ある所に小さな王国があり、その国の王様には何人もの美しいお姫様がいました。中でも末っ子のお姫様はとびきり美しく、地上のあらゆるものを見下ろす太陽ですらこのお姫様よりも美しいものは見たこと無いのではないか、と噂されるほどでした。
 その国には大きな暗い森があり、その奥にとても広い川がありました。夏の暑い日になるとその川のほとりでお気に入りの金色のボールを投げて遊ぶのが末のお姫様の最も好きな遊びでした。
 ある日、いつものように川のほとりで金色のボールを投げて遊んでいたお姫様は、ふと、川の反対側に立派な服を着たハンサムな男の人が立っているのを見たような気がしました。ところが、お姫様はそちらに気を取られてしまった拍子に、お気に入りの金色のボールをうっかり川に落としてしまいます。しまった、と気づいた時にはすでに遅く、ボールはだいぶ遠くまで流されていました。
「どうしましょう。大事な金色のボールが」
 お姫様が途方に暮れて泣いていると、どこからか声が聞こえてきました。
「どうしたんですか、かわいいお姫様。そんなに泣いていると、石ころだってかわいそうに思うでしょう」
 お姫様が辺りを見回すと、水の中からミューカストードという蛙の魔物娘が頭を突き出していました。
「あら、水の中のヌルヌルしたかえるさん。私の大事な金色のボールを、うっかり川に流してしまったの」
 すると、蛙は答えました。
「泣かないで。私がボールを取ってきてあげます。その代わり、ボールを取ってきたら何かお礼をしてちょうだい」
「私があげられるものなら何でもあげるわ。ドレスでも宝石でも、今被っているこの金の冠でも」
 それを聞くと、蛙はニヤリと笑みを浮かべて言いました。
「ん? 今何でもくれるって……こほん。私が欲しいのは服でも宝石でもありません。お姫様が私のお友達になってくださって、お姫様のおうちに招待して一緒にご飯を食べたり、お姫様のお部屋で一緒に遊んでくださるなら、ボールを取ってきて差し上げましょう」
「わかったわ。だから早く取ってきて!」
 お姫様はうかつにも、蛙から言われた事の意味をよく考えないまま返事をしてしまいました。何しろこうしている間にも、ボールはどんどん流されていくのですから。
「約束ですよ!」
 そう叫ぶと、蛙はスーッと川を泳いで行って、あっという間にボールを取って戻り、それを草の上に投げ出しました。お姫様は金色のボールを拾ってほっとひと安心しましたが、そこでようやくさっき蛙に言われた約束に考えが至り、改めてその蛙の姿を見て大変な事を言ってしまったと考えました。だって相手は蛙を人間と同じくらいの大きさにした魔物、ミューカストードなのですから。
 お姫様はたちまち顔を真っ青にして、自分のお城へと一目散に駆け出していきました。
「待ってお姫様。私もお城に連れて行って!」
 蛙が慌ててお姫様に後ろから呼びかけますが、お姫様が振り向くことはありませんでした。

「まったく、今日は随分と大変な目に遭ったわ」
 その日の夜。お姫様は自分の部屋のベッドの上に寝転がり、金色のボールを手にしながら呟きました。
「あんな裸でヌルヌルの相手を友達としてお城に連れてくるなんて。お姉様方に見られたら何と言われるか解らないわ。それにしても、川の向こうに見えた人は誰だったのかしら」
 お姫様は川の向こうにちらっと見えたハンサムな男の人を思い出し、顔を真っ赤にしながら呟きます。
「お召し物も立派なものだったし、高貴な身分の方にちがいないわ。あんなヌルヌルした嫌なかえるとはきっと大違いよ」
 お姫様は前にお姉さまの部屋に隠された本をこっそり持ち出して読んでみた時の事を思い出しました。あの本の主人公も、川で見かけた男の人に負けないくらいハンサムな男の人と結ばれていました。そして2人はベッドの上で熱く愛を語り合い、お召し物を脱ぎ捨てた男の人の大きく優しい手が同じく産まれたままの恰好になった主人公の身体に伸びて――
「やだ。私ったら何を考えているのかしら」
 お姫様は慌てて布団を被って眠ろうとしましたが、頭が熱くなってなかなか眠れませんでした。




 翌日。お姫様がお姉様やお父様、そして身分の高い家来達と一緒に食卓について、金の食器で豪華なディナーを食べていますと、誰かがぴちゃりぴちゃりと歩いてくる濡れた足音が聞こえてきました。その場にいた人たちが皆困った顔で固まっていると、とんとんと扉を叩く音が聞こえてきます。
「お姫様、いちばん下のお姫様、どうかここを開けてください」
「まあ。私にお客って、一体誰かしら」
 お姫様が扉に駆け寄って開けてみると、そこにはなんと昨日の蛙がいました。それを見たお姫様は真っ青な顔で慌てて扉を閉める
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