後編

 隣国との婚姻を翌日に控えた前夜祭の日に、その主役である王女をさらわれる。この前代未聞の事態に、国じゅうだけでなく近隣の国々までもが蜂の巣をつついたような大騒ぎになりました。なぜ淫魔があの場に現れたのかについて多くの人達がそれぞれに勝手な憶測を口にしていましたが、真相を知っているのはお姫様の部屋にあった書き置きを発見した侍女と、その報告を受けたお姫様のご両親、すなわち王様と王妃様だけです。王様はこの事を他の者に言いふらさないようにと侍女にきつく言い聞かせましたが、そのような命令が無くても侍女はお姫様の苦しみを思って何も言えませんでした。
 王国はすぐさま集められるだけの大軍を送りました。真夜中な上にかなりの速さだったとはいえ、リリム様はお姫様を抱えて飛ぶときにできるだけ人目に付きそうな場所を選んで通っていったため、兵士達がお姫様の連れていかれた方向を突き止めるのも難しい事ではありませんでした。しかし、そこで彼らを待っていたのは異様な光景でした。木々の間を太い蔦や茨が複雑に絡み合い、大きな壁を形作っていたのです。力自慢の兵士たちが剣や斧を手にこの蔓を切り落とそうとしましたが、切り落としたそばから互いにくっついて元の壁に戻ってしまうため何度切ってもきりがありません。魔法でまとめて吹き飛ばしたり火を放って焼き払ったりといった事も試みられましたが、そこには蔓の壁だけでなく強力な結界が張ってあるらしく魔法も火も蔓に届く前にかき消えてしまいました。
 そうこうしているうちに、お姫様と結婚するはずだった王子様までもがこの蔦の壁の前に駆け付け、自ら剣を取って挑みましたが、結果は同じでした。しかし、王子様は諦めません。兵士達に諦めの雰囲気が広がり、お父上である隣国の王様からも一旦帰還するようにとの命令を伝える使者が送られ、丈夫で鋭い剣を何本もだめにしてしまってもなお、王子様は来る日も来る日も壁に挑み続けます。やがて冬が訪れ、森に深い雪が降り積もりましたが、それでも王子様は壁の前から離れようとしませんでした。

 そして長い冬も終わりも見せ始め、雪が溶けだした頃、王子様の頭上で鋭い鳴き声が聞こえてきたかと思うと、1人のブラックハーピーが森の木々をすり抜けて王子様の元へと飛んできました。周囲の兵士達が慌てて弓矢や魔法で攻撃しようとしますが、急な事で狙いの定まらない攻撃をブラックハーピーは軽々とかわし、王子様の目の前に何かを落としてどこかへと飛び去って行きます。見ると、それは鞘に納まった1本の剣でした。それを見た王子様は直感します。
「これを使え……という事なのか?」
 そう呟いた王子様は剣を拾い上げ、鞘から抜き出しました。
「殿下。魔物の落とした物に触れるなど危険です。罠かもしれません」
 お付きの者はそう言いましたが、王子様は聞く耳を持たずに蔓の壁へと向かいます。試しに一撃を加えてみると、蔦や茨はくっつくことなく切れたまま垂れ下がりました。それを確認した王子様は次々と蔓を切り払い、辛うじてできた隙間を通って壁の向こうへと姿を消していきます。兵士達が慌てて後に続こうとすると、切れた蔦や茨が再びくっついて通れなくなってしまいました。

 蔦の壁を抜けきった王子様は、そこでようやく後ろに従者や兵士が誰も付いてきていない事に気づきました。強力な魔物が待ち構えているかもしれない場所へお姫様を救いに行くという時に独りきりにされた王子様は不安を覚えましたが、それでも引き返そうとはしませんでした。
「私は王子だから、あの人の婚約者だから姫を救いに行くのではない。1人の男として、あの人を助けたいから助けに行くのだ」
 目の前にあるのが小さな小屋1軒だけだと気づいた王子様は少し拍子抜けしましたが、罠が仕掛けられてはいないかと恐る恐る小屋の周りを調べていきます。しかし、見つけたのは勝手口の近くで眠る何匹かのネズミだけでした。
 それから王子様は意を決して小屋の中に飛び込みましたが、魔物どころか動くものの気配は全く感じられません。
「姫! 助けに参りました!」
 大声で叫びながら小屋の中を探し回っていた王子様は、とうとう寝室にたどり着きます。そこではお姫様がベッドの上でお召し物を一切身に着けておらず、布団も被っていない状態で横になっていました。外では雪が深く降り積もるほどの寒さだというのに、魔法の力によるものなのか部屋の中は充分な暖かさに保たれています。
 王子様はお姫様のあられもない姿を見てごくりと唾を飲み込みました。そしてしばらくの間呆然と見とれていた王子様は、はっと我に返ると顔を真っ赤にしながらお姫様の手を取ります。
「姫様。お迎えに参りました。お城に帰りましょう」
 そして、王子様はお姫様の手の甲にそっと口づけをします。リリム様が小屋にかけていた魔法が解け、ネズ
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