昔々、ある所に1人の男の子がいました。彼は母親を早くに亡くし、その母親が生前作ってくれた、ピンクのドレスを着たお姫様の人形をいつも大事に持ち歩いていました。男の子は物心ついた頃から外で走り回ったり木に登ったりして遊ぶよりも、家の中で縫い物をしたりおままごとをして遊んだりするのが好きな子だったので、人形がほつれたり破けたりした時にも自分で修繕していました。
ある時、男の子の父親である商人が再婚することになりました。相手は父親と同じように夫を亡くし、2人の娘を女手1つで育てていた女性です。母親のいない息子の寂しさもこれで少しは癒されるだろう。父親はそう考えていました。
しかし、新しい継母は男の子がお姫様の人形を大事に持ち歩き、その人形を相手におままごとをしているのを見るとこう言いました。
「こんな物は男が持つものではありません!」
継母は人形を男の子の手から奪うと、燃え盛る暖炉へと放り投げます。男の子は慌てて水を汲んできて暖炉の火を消し、その中に屈みこんで両手で灰をかき集めましたが、布と糸と綿と木のボタンでできた人形はすっかり燃え尽きてしまっていました。
しかも継母の娘である新しい継姉達までも、そんな男の子の姿をあざ笑います。
「御覧なさい。元に戻せるわけないのにあんなに灰だらけになりながら必死になっちゃって。あの子のことはこれからキュサンドロン(灰まみれのケツ)と呼んでやりましょう」
「嫌ですわお姉さま。淑女がそんな言葉を口にするなんてはしたない。それよりもサンドリヨン(灰かぶりちゃん)がいいわ。こっちの言葉だとシンデレラだったかしら」
男の子は縋るような目で父親を見ますが、父親も息子を気の毒そうに見るだけで助けてはくれません。彼も息子がいつまでも女の子のような遊びばかりするのを快く思っていなかったのでしょうか。
とうとう男の子は大声で泣きだし、家を飛び出して裏にある大きな森の方へと走り去っていきました。父親は息子を追いかけるべきか迷ってオロオロしていましたが、継母や継姉達は「男があの程度で泣き出すなんて情けない」と男の子を余計にあざ笑いました。
森の中までやってきた男の子はそこで長い間大声で泣きじゃくっていましたが、彼がふと気づくと、自分以外にも大声で泣いている人がいました。男の子と同じくらいか少し年上の女の子で、その手にはウサギのぬいぐるみが握られています。よく見るとそのぬいぐるみは耳のところが千切れていて、そこから中のそば殻がこぼれ落ちていました。
男の子は女の子に話しかけます。
「あの、もしよかったら僕がそのぬいぐるみを直してあげようか?」
「……ほんと?」
「うん。お母さんが作ってくれた人形をよく直していたから、こういうの得意なんだ。その人形は燃やされちゃったけど」
「燃やされた? 誰がそんな酷いことを」
男の子は今までの顛末を女の子に話しました。すると、女の子はぬいぐるみを直してくれるお礼に、と言って男の子にこうアドバイスしました。
「この森にあるハシバミの枝を持って帰って、人形が燃やされた灰を土に埋めた後その上に枝を植えるといいわ。そしてそのハシバミをお母さんが遺してくれた人形だと思って、大切に育てるのよ」
その日から、男の子は下の継姉が言った通り灰かぶりと呼ばれるようになり、彼にとってつらい日々が始まりました。継母は灰かぶりからおままごとの道具だけでなく子供部屋までも取り上げて自分の娘に与え、「男らしくなるように鍛えるため」という口実で家事をほとんど彼にやらせ、召使いのように扱ったのです。代わりの部屋として与えられた薄暗い屋根裏部屋にはベッドもなく、その代わりだと言わんばかりに藁が積み上げているだけでした。特に冬なんかは隙間風の吹きすさぶ屋根裏部屋ではとても眠れたものではないので、暖炉のそばで灰の上に横になるしかありません。継姉達はそんな彼の姿を見て、やっぱりこいつは灰かぶりだとますます馬鹿にするのでした。
父親はこの頃から商人としての販路を拡大し、大きな船でよその国から珍しい品々を運んできたりするようになったため灰かぶりの家は前よりも裕福になりましたが、継母や継姉達は自分たちだけ高価な衣服で着飾って贅沢な食事を取り、灰かぶりにはみすぼらしい服とエプロンを着せて自分達の残飯を食べさせました。そうした衣服だって破れたり丈が合わなくなったりすれば有り合わせの布を使って自分で補修するしかないので、灰かぶりの恰好は日に日に継ぎ接ぎだらけになっていきます。父親は仕事で家を空けることも前より多くなり、たまに帰ってくるたびに息子には「俺がいない間はおまえがこの家でだた1人の男になるんだから、お母さまやお姉さまをしっかり守るんだぞ」とだけしか言わないので、灰かぶりが受けている仕打ちについ
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