「ノエルさん。お願いがあります。僕を貴女と同じ、ダークプリーストにしてください」
「あなたを……ですか?」
窓が全て暗幕に閉ざされ、唯一覆いが掛けられていない天窓から差し込む陽光と祭壇に置かれた燭台の蝋燭のみが内部を照らし出す礼拝堂の中。同年代の子達から「エリー」と呼ばれているその子供の頼みに、ダークプリーストのノエルはたじろいだ。
堕落した神の教団の中でも一部宗派では、主神教団と同様に週に1度安息日を定め、その日は万魔殿に籠っていない信徒達にも労働を休んで伴侶と1日中交わったり、教会で異性との出会いを求める願いや享楽と堕落に満ちた日々への感謝を堕落神に捧げる礼拝を行う事を推奨している。
特にいくつかの宗派では礼拝の後、教会に集まった者達が帰った後も礼拝堂に残っていれば、他に人の目が無い状況でシスターに相談事をする事ができるよう取り計らわれている。そういう時には人払いをして窓の暗幕と戸口の鍵を閉じ、相談の内容が外部に漏れないように配慮する事になっていた。ちなみに相談希望者が複数人いる場合には話し合って(あるいは教会ごとの慣例に従って)対応を決めている。
礼拝には伴侶のいない者達にとっての出会いの場や、他人には話しづらい恋や性の悩みを人知れず聖職者に相談できる機会を提供する意味合いもあった。
そうした宗派に属するある小さな教会では、今日も1人の子供がノエルに相談事をしようと礼拝が終わった後も残っていた。だが自分をダークプリーストにしてほしいという相談、というより依頼はノエルにとって今まで受けてきた相談の中でもとびきり意外性のある内容であった。
といっても、こうした頼みを受ける事自体はこれが初めてではない。
ノエルの赴任している教会のある村は8年も前からの親魔物領であり、正式な信徒はまだ少なくともそれ以外で堕落神の信仰に感化される者はぽつぽつと存在している。
人間の女性で自らダークプリーストになる事を望む者が現れる事もたまにあり、実際ノエルはほんの1週間前にも1人の女性を自分と同じ道へと導いたばかりだ。
しかし、今回は少々事情が異なる。
今ノエルに自分を魔物化させるよう頼んできたエリー、本名エリオットは小柄でまだ子供っぽさの残る体つきにおかっぱ頭という風貌だが、れっきとした男性なのだ。
「とりあえず詳しいわけをお聞きしてもよろしいでしょうか」
ノエルがそう切り出すと、エリオットは話し辛そうにしばし俯いたが、意を決してその口を開いた。
「僕、前からずっと好きだった人がいるんです。でも、この前その人が女の人とその……仲良くしている所を見てしまって」
「なるほど。話は大体わかりました」
エリオットの話をそこまで聞いたノエルは大体の事情を察した。エリオットが好意を寄せる相手というのは、おそらく男性なのだろうと。魔物娘の価値観では浮気は最も忌むべき物の一つだが、女性の伴侶を持つ男性が互いの合意を前提として他の女性とも結ばれることに関してはその限りではない。エリオットもそういう立場を望んでいるのだろうか。
(そういえば、アルプという特殊な魔物娘が存在すると噂に聞いたことがありますね)
人間の男性は「精」と呼ばれる生命エネルギーを精製する力を持っており、現在の魔物娘はこれを糧とする。そして男性が魔物娘との交わりを繰り返すと、その体は精の精製能力が強化された「インキュバス」に変化するのが通常である。しかし、「女性になりたい」「男性と結ばれたい」といった想いが強い男性の場合、女性が魔物娘と交わった場合と同様に精やその精製能力を失い、アルプというサキュバスになってしまうのだという。
考えてみれば、ダークプリーストもサキュバスの一種。噂が正しければ自分にも同じ事が可能であったとしてもおかしくはない。ノエルはそう結論付けた。
(それに、来る者は拒まずというのも堕落神様の教え。やり方が解らないからとここで諦めるよりは思いつく方法を試してみる方が、堕落神の思し召しに添えるでしょう)
「解りました。しかし、今から私が行う事によって貴方が確実にダークプリーストになれるという保障はありませんし、もしかしたら貴方にとって苦痛に感じる事もあるかもしれません。その時はいつでも仰ってください」
自分はあくまで想い人と結ばれるための手助けをする立場だけに、相手の快楽を一番に考える。ノエルが人間の女性を同族に変える時に最も心がけていた事であり、それは今回も同様であった。
(とは言ったものの、具体的にはどうすればいいのでしょうか)
噂の通りなら、人間の女性をダークプリーストに変えた時と理屈は同じはず。相手の肉体が持つ精を吐き出させ、代わりに魔物娘の魔力を与える。だったらやり方も同じものから試した方がいいだろう。
「ちょっと失礼しますね」
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