後篇

「…S3…ハダリーS3!」
 創造主の声に彼女は記録の閲覧を中止した。
 踏み台に上った少女が、彼女の前で小さな手をぱたぱたと振っている。
「どした?何か不都合でもあったのか?」
「いえ、何でもありません、創造主アリシヤ・エディスン」
 創造主アリシヤは眉を顰めて頭を掻いた。
「なぁんか今日の個体達は反応が悪いなぁ…」
 完璧主義者を自称する彼女としては気になるところだが、今原因を追及している時間は無い。チェックを待つ個体はまだ何体かいるのである。
 機能を休眠状態にさせてから設定部分を確認しても、遅くは無いだろう。彼女はそう思った。
「続けるぞ。S3、町中で魔法は使ってないな?」
「はい」
「現場に証拠は残していないな?」
「はい」
「対象の記憶は消去したな?」
「はい」
 彼女は創造主の質問に眉ひとつ動かさずに答えた。
 ここはシュナイネ西方の石窟地帯、通称『魔法使いの家』。魔女アリシヤ・エディスンの根城である。
 予定通りに回収されたハダリーS3は身体各所の摩耗具合のチェックを受けているところだった。
 結果は全て正常。
 彼女は体内の精液タンク回収の後で設定部分を複写され、他の個体と同じように休眠状態に入って廃棄を待つ身となる。
「どれどれ〜?……んー、やっぱイマイチかぁ」
 アリシヤはハダリーS3の眼球を覗きこみ、光彩に示されたタンクの容量を見る。平均的な量ではあるものの、決して優秀とは言えない数値だった。
 ぴょんと踏み台から飛び降り、ずり落ちた帽子を直してからアリシヤは机に向かった。
「創造主アリシヤ・エディスン」
「なんだー」
「貴女の最終的な目的とは、一体何なのですか?」
「お?聞きたいかー?」
 彼女は記録用の羊皮紙に目を落としたまま、誇らしげに笑った。
「ホムンクルスだ」
「…ホムンクルス、ですか」
「ああ。あたしの研究の集大成、『アリシヤだけのアルティメットお兄ちゃんかっこはーとかっことじ』を作るのだ!」
 このアリシヤという魔女、男嫌いであった。
 男に対するトラウマがあるわけではない。ただ単に彼女の好みの問題である。
 彼女の出会った男の多くはゴツくて、ガサツで、臭くて、とても「お兄ちゃん」と呼ぶに足らない者達だらけだった。かといってなよっとしたひ弱な輩も好みではない。
「そこでな…」
「いないのならば自分で創造しよう、というわけですか」
「その通り。さすがあたしが作ったゴーレム。察しがいい」
 自慢げに無い胸を張るアリシヤに目もくれず、ハダリーS3は俯いた。
 少なくとも、この計画の成功によってアリオンに危害が及ぶ事はなさそうである。残る問題は『彼女達』、ハダリーシリ−ズの処分であった。
 シュナイネでのゴーレム製造には領主に届け出なければならない。加えて生産人数には制限があり、精の搾取だけを目的としたゴーレムの量産は人道的見地から完全に禁止されている。
 彼女達がアリシヤによって製造されたことが発覚すれば厳罰は免れられない。アリシヤが彼女達を廃棄しないわけがない。
 だが、無理は承知の上であった。
「創造主アリシヤ・エディスン」
「なんだー」
「お願いがあります」
 アリシヤは驚いて顔をあげた。
 彼女達が『お願い』をするなど、設定上はあり得ないことだった。
「我々の廃棄を中止しては頂けませんでしょうか」
「…無理だ」
「計画にかかわる設定のみ消去しては頂けませんか」
「無理。あたしの書いた文字が残ってるだけでも危ういんだよ。分かるヤツが見れば分かっちまう」
「…では」
 ラティアはアリシヤから距離をとった。
「貴女を倒し、他の個体共々脱走させて頂きます」
「…へぇ〜。男に情でも芽生えたか?ま、どうでもいいけどさ」
 口角を吊り上げたアリシヤが椅子を蹴り倒して立ち上がる。そして皺一つない桜色の手を天にかざすと、魔法陣の中から無骨なロッドが現れた。それを手の中でくるりと一回転させてから、ラティアにつきつける。
「身の程を知りなよ、S3。…いや、知らないなら教えてあげよう」
「御託は結構。彼の起床には間に合わせたいので、早急に突破させて頂きます。我々が彼らに教わった、愛の力で」
「あぁ〜いぃ〜?」
「それと、訂正させて頂きます。私の個体名はハダリーS3ではなく、ラティアです」
 凛とした声で言い放つラティア。それを嘲笑するアリシヤだが、すぐにその表情が凍りついた。
 ラティアを中心として凄まじい早さで魔力が集結し、見る間に巨大な術式が形成されてゆく。
 体内のタンクの精だけでなく、今まで他のハダリーシリーズが集めた精すらも媒体として『それ』を構築してゆく。
「お…おい、それ」
「研究資料・番号46573…。先ほど個体名ハダリーD2が拝借しました。もう少し研究資料のセキュリティを厳重にしておくべきでし
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