深夜にもかかわらず、赤いじゅうたんが敷き詰められた屋敷の一室には煌々と明かりが灯っていた。
ヴァンパイアは夜にこそ本領を発揮するが、シュナイネ家はれっきとした領主である。領内には当然人間や昼間に活動する魔物たちも住んでいるため、領主も日中に活動せざるを得ない。それ故、こうして夜中にエレオノーレが起きていることは非常に珍しいことだった。
「お茶が入りましたよー」
副女給長のマーサ・コンラーディンが部屋に入ると、中央のテーブルを1人の人間と2人のヴァンパイアが囲っていた。猟犬ヘクトルと庭師アニカ、それに領主エレオノーレである。ヴァンパイア二人の視線は卓上の地図に注がれ、ヘクトルの目は手に持った事件に関する資料らしきものに向けられていた。
「本日は徹夜ということで、糖分をたっぷり摂取して頑張ってくださいねー」
豊かな赤髪と胸を揺らしながらテキパキとカップとソーサーを置いて回ると、白湯に蜂蜜と生姜を溶かしたものをなみなみと注いだ。
この季節に温かいものか、と2人のヴァンパイアはうんざりした顔をする。丁寧に礼を言ったのはヘクトル唯一人だった。その言葉ににっこりと微笑んで応えたマーサは、彼の持つ資料を覗きこんだ。
「場所はわかったんじゃないんですか、アナタ」
「ええ、そうなんですが…」
「何かがおかしいのだ」
歯切れの悪いヘクトルの言葉をエレオノーレが引き継いだ。
「おかしい、ですか?……はっ!背後に巨大な悪の影が?!燃え燃えですね!!」
「その程度ならいいんだけどねぇ」
アニカが頬づえをついて、白磁のような指で地図を叩いた。
「浅はかすぎるのだ」
「ご主人様が?」
「…ヘレナ」
エレオノーレが指を鳴らすと、音もなく女給長がマーサの背後に現れた。彼女が振り向く前にがっしと肩を掴み、その耳にぽそぽそと何かを囁く。そしてヘレナが去るころには、真っ青になったマーサがそこにいた。
「…ゴシュジンサマハスバラシイオカタデス」
「ふんっ」
当然だと言いたげにエレオノーレが鼻で笑い、その赤い瞳をアニカに向ける。
「アニカ、本当にここで良いんだな?」
「庭師一同、更に町の業者の意見や屋敷にあった資料を総合した結果、そうとしか言えないよ」
「ですが、何というか…」
三人の視線が卓上の地図に向かう。その先には、シュナイネ南西部に広がる石窟地帯。
通称『魔法使いの家』。
昔、まだネーヒストという国が成立する以前の事。かつてその石窟地帯には魔術師達が隠れ住み、独自の魔術体系を研究していたという。夜になると白蟻の巣のように空いた穴から不気味な灯りが漏れ出していたとか、いないとか。
国家成立に当たってここにいた魔術師たちはシュナイネに合流した。今では崩落等々の危険もあって人が好んで寄り付くような場所ではない、筈である。
事件現場で回収した黄土はこの地帯のものに非常に似ていた。
黄土、土といえども地域ごとの特色が存在する。含まれる鉱石類の割合や粒子の大きさを見れば、母岩の存在する山脈や風の関係から黄土のあった場所が大体分かるのである。
「隠れ家にしてはひねりが無いというか…隠れる気があるのかっ?!」
「くくくくくっ。果たして相手は趣があるのか、自信家なのか、それとも真性の馬鹿なのか」
「アタシ、オイテケボリデスネ」
「マーサ。大丈夫ですか。というかヘレナさんに何を言われたんですか」
「アア、アナタガギューッテダキシメテクレレバ、モトニモドルカモ」
エレオノーレが親指と中指の腹を合わせ、その手を見せつけるように挙げた。すぐさまマーサが青い顔のまま作り笑いを浮かべる。
「…で、それの何が浅はかなんですか?」
お前には関係ない、というふうにそっぽを向くエレオノーレに代わって、ヘクトルが説明した。
「事件の内容は大体ご存知ですね?」
「ええ、まあ」
この数日、領内の独身男性がゴーレムに遭遇したという事件が起こっていた。
その程度で事件、と思うかもしれないが、それなりの理由がある。
ネーヒストでは奴隷制およびゴーレムの製造を人道的見地から禁止している。もっともゴーレムについては製造数と使用目的さえ領主に届け出て、審査を通れば様々な条件付きで製造が認められるのだが。
今回それに加えて問題なのは、ゴーレム達が精を集めていると言う事である。
単に魔物のエネルギー源として用いられるならまだしも、何らかの魔術的儀式に用いられると非常に厄介である。単体では役に立たないものの、魔術と組み合わせることによってその術式規模は精霊無しでも爆発的に大きくなってしまうのだ。
いうなれば領内から硫黄が持ちだされているようなものである。大人しく薬種にでも使ってくれればいいのだが、火薬なんぞを創られると非常にまずい、というワケだ。見逃すわけにはいかない。
「で、
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