月下を進む海賊船、モンストロ・マリーノ号の甲板は騒がしかった。
今日もまた名も知らぬ船の襲撃にまんまと成功し、当面は遊んで暮らせる事が確定したからである。彼らは板張りの甲板に戦利品を乱暴に並べ、悦に入っているところであった。
「でもよォ、女の一人ぐらい頂戴しても良かったんじゃねぇか?」
「バァーカ。どうせセンチョーが独り占めして俺達の方には回ってこないんだから、ムダムダ」
「おい!テメエら!今なんつった!?」
「いえいえ。何でもないっすよ、センチョー」
「ケッ」
金貨、首飾り、指輪、高そうな食器。
対する彼らの服装はみすぼらしく、輝く物と言ったら腰にあるカットラスぐらいである。正に野蛮人。
まっとうに生きていれば決して手に取ることはないであろう品物の数々は、たいまつやランプの光を反射して一層妖しく輝き、彼らを魅了した。
その中に一つ、妙な物が混じっているのに気付いた者がいた。
「おい、何だこれ」
「あぁ?」
小さな壺である。
妙に年季の入った代物で、側面にはフジツボがくっついており、口の部分が欠けている。明らかにこの場にはそぐわない、どちらかといえば『彼ら側』の代物である。
持ってみると、存外重い。
「何か入ってるか?」
船員の一人が壺を覗きこむ。
真っ暗だ。片手にのるほど小さな物なのに、底が見えない。
見えませんと船員が口を開こうとした、その時だった。
ガクンという音と共に、船体が大きく傾いた。甲板に出ていた者全員が尻もちをついてしまう。
「何だ!?」
「乗り上げたか!?」
「バカな!ここらには何もない筈だぞ!!」
「おい!お宝が落ちるぞ!拾え拾え!」
多くの者があたふたと船上を駆けまわる中、船縁から何人かが下の様子を見ようとたいまつを手に顔を覗かせる。
「鮫だ!でけえぞ!」
その声に誘われ、海面を覗きこむ顔が増える。
彼らの視線の先では、船上のざわめきなどどこ吹く風といった感で巨大な影が悠々と泳いでいた。
ゆうに船の半分くらいはあるだろうか。巨大な背びれは音も無く海を切り裂いている。
「なんだありゃ…」
「デカイってモンじゃねーぞ」
「…獲ったら良い値で売れるんじゃね?」
「「いいねー!!」」
じゃあ銛を持ってこよう。いやいや、大砲で仕留めるか。バカ、せいぜいセンチョーが持ってるアレだろ。
下らない会話に、楽しそうな声をあげる船員たち。
もし彼らの中で背後に気を配る者があったら、気がついた筈である。
異変に。
「うわああぁぁぁぁ!!」
ぽーんと一人の船員の身体が宙を舞った。
半分の人間がそれを目で追い、彼が暗い海に消えていくのを呆けた顔で見ていた。
もう半分の人間は彼が飛んできたところ、甲板に目を向けた。
そこには、腕組みをして仁王立ちしている女が一人。
やがて異変を察した視線が一つ、また一つと増える。
美しかった。彫刻のように均整のとれた身体。ウェーブした赤い髪には、先の古びた壺がちょこんと乗っている。勝気そうにつり上がった目が、海賊たちを見据えていた。だが、その視線がかち合うことはない。海賊たちは彼女の下半身に目を奪われていたのだから。
彼女の、7本の足に。異形の証に。
「スキュラだ!!!」
誰かの悲鳴のような叫びと共に、船上は天地がひっくり返ったような大騒ぎになった。鮫がいるにも関わらず慌てて海に飛び込む者、宝を抱えて隅でうずくまる者、武器を構える者。
ランプが蹴り倒され、たいまつが落ち、火の粉を散らす。
そんな混乱の中で彼女は呆れたように溜息をつき、やっぱりと思った。
こいつらはやっぱり、彼とは違う。
一斉に飛びかかる武器を持った者達。だが、彼女の前ではどんな武器もなまくらに等しい。容赦なく男達の足を払い、突き飛ばし、海へ投げ込む。立ち向かう者が終われば、次は怯えている者だ。
刃も赦しを請う声も、彼女には届かない。そんなものは、彼女の心を動かせない。
彼女が片付いたかと思ったその時、乾いた破裂音と共に何かが彼女の頬をかすめた。彼女の美貌に、血がにじんだ。
ふり返ると、男が銃を構えていた。先程船長と呼ばれていた男である。船室の壁に背を預けながら、ぶるぶると震えている。
これでは外すわけだ。
月光に照らされた女の顔が、不気味に歪んだ。頬から流れる血の一筋を指ですくい、真っ赤な舌でぺろりと舐めた。ゆっくりと船長に近づく。
「知ってるよ、それ。『マスケットジュー』ってんだろ?」
口は笑いながら、嘲りを込めて目を細める。
「確か、一発撃ったらタマゴメが必要なんだよな。いいのか、やらなくて」
「畜生……っ!化け物め!」
「大差ないさ。あんた達と。あたしも、欲しいものは力ずくで手に入れる」
「うるせぇ!」
使えない銃を捨てると、船長は腰のカットラスを
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