容赦なく壁に叩き付けた。

「んなワケあるかァァァァァ!!」
 男が腹の底から声を出すのと同時に器が壁に当たり、甲高い音を立てた。
「あぁーーーーっ!!!」
 それ以上の大音量で、女が叫んだ。
「何をやっているのだヘクトルぅっ!それは我が家に代々伝わる銀食器なのだぞっ!貴様が一生屋敷で働いたとしても絶対に買えない代物なのだぞっ!」
『だぁまらっしゃい!!『何をやっているのだは』はこっちの台詞です、セニョリータ!』
 異国の言葉でそう言うが早いか、男はナイフを持って女に近づき彼女を吊るしていた縄を切った。それから壁にあったマントをとって彼女にかけてやる。
『昼食後に呼び出されてみれば何ですか?!貴女それでも領主ですか!?第一貴女、『妾』ってキャラでも歳でもないでしょう!しかも…』
 彼は灯されていた蝋燭を全て吹き消し、代わりに壁際の燭台全てに火をつけて回った。薄暗かった部屋が、嘘のように明るくなる。
『こっちの蝋燭を使うなんて、何を考えているんですか!コレが一本いくらするかわかってますか!』
 意味はわからないが凄まじい剣幕でまくしたてる男の前では何も言えず、女はマントを握りしめて俯いた。
『さぁ、セニョリータ。一体どういう事か説明していただきましょうか』
「ふ、ふんっ!スパーニエ語で言われてもわからんっ!我が僕ならばだらだらと余計な言葉を使わず、端的にまとめて我が国の言葉で言ったらどうだっ!?」
「わかりました、我が主。この愚か者め!」
「き…サマぁ!それが主人に対する口のきき方かっ!?愚か者とは何だ、愚か者とは!」
「では何と言いますか?今日は天気も良く、午後はゆっくり散歩でもしようかと考えていた所に呼び出しです。しかも食後に拷問室へ!仕方がないから来てみれば、呼び出した本人が素っ裸で天井から人の字にぶら下がってたんですよ?爽やかな午後をぶち壊して下さった説明は 当 然 し て い た だ け ま す よ ねぇ ?!我が主、エレオノーレ様!?」
「………はい」



 シュナイネ家は代々、親魔物国家ネーヒストの西方領主である。
 領民達は尊敬と親しみを込めて『領主さま』と呼び、他国の吸血鬼達は『変わり者』と呼ぶ。
 何故か。
 ネーヒストは中立国家スパーニエと古くから親交があり、彼らにならって『不侵不戦』をモットーとしていた。だが国家同士の戦はないとはいえ、国境を越えて来る不届き者は得てしているものである。ネーヒスト、シュナイネ領の場合は吸血鬼であった。
 これもまた、ただの吸血鬼ではない。本来の彼ら、いや彼女達は己を貴族と呼び、気高く高潔な存在と位置づけている。徘徊して人を襲うなど下品極まりない事であった。現れるのは『没落貴族』と呼ばれる、元は人間であった者たちである。彼女達は好き好んで吸血鬼になったのではなく、『貴族』の素質を見出されたわけでもない。どこかの貴族が戯れに作り出し、放った者らしい。
 シュナイネ家は彼女達に備えた、が、当然の事ながら並の人間では歯が立たない。何十という兵を集めた所で、人間を超越した身体能力と魔術を駆使する彼女達の前では、飢えた獅子の前に丸腰の人間を置くようなものだった。かといって、『貴族』が直々に手を下したとなるとまた面倒である。「『没落貴族』とはいえ同胞に手を下す奴等は、『貴族』社会を脅かす危険分子である」として、他の『貴族』達に付け入る隙を与えかねない。
 そこでシュナイネ家は狩人、俗に言うヴァンパイアハンターを雇った。人間でありながらヴァンパイアを斃しうる戦闘技術を持ち、闇にまぎれて『貴族』を狩り、なおかつシュナイネの手足となって働く優秀で忠実な『猟犬』である。
 王座の上に髪の毛で剣を吊るしておくようなこの真似に、ある『貴族』は『愚か者』と言い、ある『貴族』は『勇敢』だと言った。いずれにせよシュナイネが抱える代々の『猟犬』達は長い歴史の中で一度として飼い主の手を噛むことはなく、領民と主人のために尽くした。
 領主の仁徳か、それとも『猟犬』たちに主に逆らう気概がなかったのか、とにかく『貴族』たちはシュナイネを『変わり者』と呼ぶようになった。
 魔王の代替わりによって吸血鬼が人を殺すことも無くなった今も、シュナイネ家は必ず一人は『猟犬』を抱える事になっている。
「…という事で、貴女は誇り高きシュナイネの当主なのです。おわかりですか、セニョリータ?」
「ああ、わかっている」
「そうですか?じゃあセニョリータ、素っ裸で拷問室の天井からぶら下がり、その姿を家来に見せるのは領主のする事でしょうか?」
「っ………」
 裸の上にマントを羽織った格好で唇を噛んで忌々しげに俯いている第15代当主、エレオノーレ・フォン・シュナイネ。彼女の『猟犬』は目の前に立って説教をしている男、ヘクトル・ヴィッセンであった。



 この二人は少年
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