第四章 記憶

俺は出立する前にハピィから受け取った手紙の目的地にいる。
ここは都市国家ライブラから離れた『ネプトゥス』と言う小さな国。
俺はこの国の宿屋に宿泊し、酒場で依頼を受けながら資金を稼いでいる。
手紙によれば、このネプトゥスからライブラまで道のりは険しいとの事。
その為、ライブラから案内人が数日前に派遣された…しかし。

「既に一週間…か」

俺は小さく呟きながらジンジャーエールを口に含む。
この飲み物は炭酸が効いて、かなり美味だ。

「連絡は?」
「ない…」
「そうですか…」

俺の独り言は顔なじみとなった黒い燕尾服を着たマスターに聞かれた。
彼の作り出すカクテルはネプトゥスでも有名で、他にも数多くの飲み物が置いてある。
今はマスターの経営する『ミッドガルズ』にて休憩している。
正確に言うと休憩ではない。
手紙の主が、この酒場を待合場所に指定したと言った方がいいかもしれない。

「彼女もよく夫と共に私のカクテルを飲みにお越し頂くのですが…」
「だよな…仮に俺が遅れてもマスターが教えてくれる算段になってるし」
「はい…けど今はシオンと親しい間柄になれて少々嬉しいですね」
「やめてくれ…俺にそういう趣味はない」
「私にだってありませんよ、私にはきちんと妻が居ます」

俺とマスターは互いに笑いあう。
彼には妻が居るが普通の女性とは全く異なっている。

「バルぅ…」
「ネージュ、今は営業中ですよ?」
「でもぉ…」

バルとはマスターの名前であり、ネージュとは彼の奥さんだ。
しかし彼の奥さんをよく見れば白と黒の体毛が特徴的な女性である。
体毛と言っても身体全体を覆ってるわけではない。
その…何というか、はちきれんばかりの大きな胸と下半身までを覆っていると表した方がいいのだろうか。
そして他は人の女性の様に人肌をさらしている。
彼女はホルスタウロスと言う人外の女性だ。

「今は営業中だって…」
「もう、我慢できないのぉ…」

彼女はマスターに、はちきれんばかりの胸を強く押しつけた。
そして、ネージュさんは瞳で俺に目配せをする。
早く宿屋の看板を下ろせ、と…幸い今は俺以外誰も客はいない。
はいはい、わかりましたよ…今、下ろします。
俺は席を立ちあがると『OPEN』から『CLOSE』に変更した。

「シオン!」
「ね?営業なんかいいからぁ…私と『イイコト』しよぉ?」
「すみません…俺もまだ死にたくないもので…」

初めて俺がネージュさんに出会った際、今の様に巨大な胸を押しつけられた。
あれは彼女達ホルスタウロス愛情表現や親愛表現なのだけど…。
その際、一瞬だが俺の目の前に綺麗な、お花畑を垣間見た気がした。

「シオンくんに助けを求めても駄目よぉ、いっぱい発散させてもらうねぇ」

それ以降だが俺はネージュさんの言うとおりにしようと考えた。
だってさ…姉さんも見つけてないのに、まだ死にたくないからな。
けど、その際にだが彼女の巨大な胸を揉んであげれば非常に喜ばれる。
しかし彼女も人妻だ、俺は人妻…いや、それ以前に不必要にそのような不埒な行ないを女性にしない主義だ。
心に…決めた、生涯必ず守ると決めた女性を悲しませたくないからな。

「それじゃ、お代を置いておきますね」
「ありがとぉ♪あ、裏口からお帰りいただけますよぉ」
「ありがとうございます、ネージュさん」
「いやぁああああ…」
「今夜はぁ…寝かせないよぉ、溜まった分…たくさん発散させてねぇ♪」

俺はマスターの叫び声を聞きながらカウンターから裏口に向かい、扉を開けて外に出た。
この扉は内側からカギを開き、閉めると自動的にロックが掛かる仕組みになってる。
まぁ、なんだかんだ言ってマスターもネージュさんに寂しい思いをさせていた事を理解してる。
ふむ…これは夜通し続けられると思うから明日は休みだろうか。
俺は夜風に吹かれ、旅立つ前に百合さんから贈られた外套を羽織る。
百合さんとは女郎蜘蛛と言う人外の女性であり、遥か東国からやってきた。
この地にも『アラクネ』と言う女性も居るが気性や性格などが全く異なる。


「…〜♪〜♪……♪」

美しい音色が私の鼓膜を震わせる。
何だろう…わからないけど凄く懐かしい。
まだ私が『人間』だった頃、誰かに教えてた気がする。
でも…一体誰?誰に教えてた?私には過去の記憶がない。
ただ覚えているのは気付いたら私は息を切らして深い森の奥に居た。

「〜♪…〜♪…♪」

わからない…わからないけど、この音色が私の胸を締め付ける。
悪い意味ではなく、何か大事なものを忘れてる気がする。
失われた私の記憶…それに何か関係があるのだろうか。
もし関係があるのなら一体…私は何を忘れているのだろう。

「(レン、集落に戻るよ)」

レン…それが私の今の名前。
森の中で私を発見した女性が"人"
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