獅音がこの地を旅立ってから数週間が経過した。
未だ大和の長『雷渦』と女郎蜘蛛『百合』の間に進展はない。
しかし、二人は信頼の置ける者同士となっていた。
それは急激にヤマトの人口が増加してきた事もある。
元々、普通の村より大和は奥にあって独特の文化を持っていた。
だが"ある事件"をきっかけに外界の文化も取り入れるようになった。
取り入れるといっても少しだけで、伝統的な物事はきちんと守っている。
そして、その時から少しずつだが確実に大和は外界に知れ渡っていた。
「ライカさまぁ〜」
ここは大和でも一際大きい雷渦宅。
その和室で書物を読んでいた彼の耳におっとりした声が届く。
彼は書物の間に目印を挟むと声の主に振り向く。
「何だい?ユリ」
そこには若紫の着物を肩から故意に崩した美しい女性が居た。
だが下半身をよく見ると短い脚が二本、長い脚が六本の計八本の脚がある。
しかし彼女の整った顔立ちや立ち振る舞いなど、その異様な姿を霧散させる。
彼女は人間ではない、女郎蜘蛛と言う東方の島国のみ生息する人外の女性だ。
「お茶をお持ちしました」
「おぉ…ありがとう」
「どういたしまして♪」
ユリは手慣れた手つきで私の机に湯呑に入ったお茶を置く。
その一つ一つ彼女の動作が妙に艶めかしい。
「(いかんいかん…彼女と私は幸せになれないのだから…な)」
そう私とユリは異なる種族同士であり、寿命が全く違う。
人である私は寿命が短く、人外のユリは長寿だ。
仮に私達が結ばれたとしても私が先に逝き、ユリだけが残ってしまう。
そんな悲しい思いをさせるわけには…って私は何を言ってるのだろう…。
ライカ様は湯呑のお茶を黙って口に運んでいる。
そのライカ様の一つ一つの動作が今の私にとって堪らなく愛おしい。
彼は命の恩人であり、今は私の想い人…。
当時の私はライカ様の事を殆ど意識しなかった。
それどころか完全に拒絶していた。
それはそうでしょう?私は人々から忌み嫌われる魔物という存在…。
最初、この地を訪れた時は酷い状況に驚いた。
この地は私の故郷と全く異なり、反魔物派が最も多い。
私はこの村の存在を知り、蘭から擬人の方法を習った。
その為、定期船が停泊する港の人間達に気付かれる事なく情報を得る事が出来た。
あ…蘭って言うのは私の親友で稲荷なの。
蘭は神様に近い存在とも言われてて『九尾の狐』とも言われてる。
また、この地方には同じ種族で性格とか全く違う『妖狐』っていう魔物も居るみたいね。
彼女達も蘭と同じく魔力や霊力が最も高く、最大で九つの尾が生えるみたい。
「ねぇ…ライカ様」
「どうしたんだい?」
「今日が何の日か覚えてる?」
私はユリの問いかけにお茶を口に含みながら考える。
今日か…私の誕生日でもなければ、私が村長になった日でもない…。
勿論、ご先祖様が村を創成した日でもない、その日は必ず覚えてる。
今日…今日…。私は記憶の糸を何度も何度も手繰り寄せて考え込む。
何か特別な日だっただろうか?いや、特別な日とは限らないか…。
「もう…忘れてる」
記憶を辿っている私の耳に呆れたユリの声が届く。
うーむ…私も歳だろうか?いやいや、まだ私は三十代後半…まだ現役だ。
しかし私には何も思い出せない…いや、記憶喪失とかじゃなくてだ!
どこかに頭をぶつけたじゃなくて…こ、こら!鈍器のような物を構えるな!
え…ショック療法?だから記憶喪失じゃないんだって!
「ラ、ライカ様…?凄い汗が流れてます、大丈夫ですか?」
「あ、ああ…問題ない…それより」
「はい、今日が何の日か…ですね」
私はお茶を机に置くとユリのおっとりした声に耳を傾けた。
「今日は私とライカ様が初めて出会った日です」
記憶の糸が一本につながった。
「そうか…今日は私ではなく、ユリにとって特別な日だったんだ」
「い、いえ…別に特別な日と言うわけじゃ…」
ユリは着物の袖から細く綺麗な指を出して、人差し指を何度も合わせる。
羞恥と期待…様々な感情の入り混じったユリの行動にくらっ、と私は来た。
「ただ…その…覚えててくれたら嬉しかった…かなぁって」
「(こ、これが人外の女性から発せられる魅力というものか…)」
私は頭を振るとなるべく冷静に話しかけた。
彼女は確かに魅力的だ、だが先に私があの世へ旅立ってしまう。
そう思うユリに揺さぶられた私の心はしっかりと固定された。
「ユリと出会った事を忘れてたのは謝る、すまない」
「い、いえ…わたしが勝手に期待しただけですから気になさらず」
「そうか…今日はユリと私が出会った日か」
それは私がシオンと剣術の稽古をしてた時だ。
赤毛の青年が再び旅立って一週間ほど経過した。
彼から情報を得て、カレンが行方不明になった状況が分かってきた。
しかし、そ
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