「やっぱり、駄目ですか?」
一人の青年は、ある程度予想していた事態に呆然とする。彼が今前にしているのは、町で一番大きな郵便屋の受付であった。彼に残念な知らせを告げたのは郵便局に勤める壮年のハーピー。彼等の間に置かれた、一通の手紙を巡って問題が起こっているようだ。
ところで、現在の大陸南域の一部にはまだ細かい国が散らばっている地帯があった。そのどれもは異なる思想や文化などから細かく分類されるが、今此処で考えるべきなのは魔物と共存する姿勢を見せる“親魔物派”か、それとも魔物を駆逐せんとする“反魔物派”のどちらかと言う事だろう。手紙の配達などは、本来ならば容易に郵送者と配達人の間で交わされる契約だが、そういった事情により配達人は郵送を断るしかないこともある。
「配達先は、現在反魔物運動が活発化しておりまして……私共『翼乙女郵便』ではお送りすることが出来ないんですよぉ。実は、この前も配達人が一人、送り先で行方不明になりまして……」
小さな国々が連なるこの地帯。誰がこの地に覇を唱えるか競っている今、一番危険なのは国境だ。
争いあっている国同士の国境は常に軍隊による押し引きが続いている。例え現在争っていない両国間でも警戒の中心に置かれるのは国境。同盟を結んでいる国同士でなら通行は楽だが、それ以外の場合の殆んどは難儀する。しかも、この時勢では同盟国同士でも信用のない場合が多く、最近ではどうあっても国境を通過するのは過酷になってきた。
只でさえ一つの国から出入りするのは危険。なのに、魔物が反魔物派の国に出向くなど、そのまま命を捨てに行くようもの。
だが青年はその事情が十分判っていた。判っているからこそ、この国で今の所一番大きな郵便屋に掛け合ったのだ。彼の身なりは農民のそれで、此処に行き着くまで彼方此方の郵便屋を回ったのだろう、土埃と汗に塗れている。
そして、此処がこの国で最後の郵便屋だった。彼は断られたても、必死に頼み込む。
「其処を何とか……っ。どうしても、明日中に届けなければならないんです!」
彼は突き返された水色の封筒をもう一度突き返す。余程大切な用事らしい。だが例え、らしい良心や誇りがあろうとも、この世に何の不満も無いハーピー達が態々死を選ぶ訳がない。それは他の魔物にも言えた事だった。
「明日中……。確かに魔物か魔術師の郵便屋でしか間に合いませんね」
「でしょう!? ですから」
「……生憎ですが、魔術師の方に頼まれてはどうでしょうか? 人間でしたら、反魔物国にも比較的安全に入れますが」
「み、見ての通りです。魔術師に頼めるお金なんてありませんっ」
一般的に、魔力のスキルの無い人々が雑用を魔法使いの魔力に頼る場合、その魔法の難度、用途、魔力の消費量などで料金は決められることが多い。(基準化しなければ、商品として提供するサービスに昇華出来ない。)
だが、その多くは魔法使い達の匙加減で任されている。雑用を頼んでからぼったくられることは少なくない。払うのを拒否、あるいは文句を言っただけで、魔法という脅威を掲げて逆に脅しを掛けてくる場合もある。農民の彼にとってそんな安い信用に高いお金が払える訳が無い。少なくとも、彼の心当たりにあった魔術師でも信用に見合った金額よりも数倍値を吊り上げることだろう。
「お願いしますっ。ステベックに居る彼女に、伝えなきゃならないことがあるんです」
「う〜ん……。私共が提携している『魔女の宅急BIN☆』様でも、厳しいでしょうが……一応、掛け合ってみましょう」
郵便は本人の知らぬところで行われる仕事である。前述した魔術師のように、信用を失えば其処から一気に仕事を失う。だからこそ誠実な対応を心掛けるのだが、結果はこの時点でも目に見えていた。
奥に引っ込んでからとぼとぼと戻ってくるハーピー。その目は伏目がちだった。
「……すみません。向こうも手一杯のようで」
申し訳なさそうにそう、丁寧に翼を畳んで頭を下げるハーピー。その言葉を聞いた途端、青年は蒼い顔をして「そんな」と呟いた。
その時、徐に青年に近付く男が居た。
「 ……」
縁の深い鳥打ち帽を被り、ほっそりと縦に長い体つきをしている。身長を考えなければ一般人と然程変わらない雰囲気の男だが、その足には禍々しく角張り、赤黒い色合いのグリーブを履いていた。不思議な事に、その具足からは微かにも音が発せられない。
青年は背の高い彼が足音もなく近付いてきたのに驚いたが、受付のハーピーは彼の姿を見てもっと驚いた。
「! もしかして、貴方は……?」
翼をバサバサと動かして驚いた様子を示すハーピーに、青年もこの長身の男を見遣る。
「え? ゆ、有名人、ですか?」
「こんな幸運ないですよ!? 何せこの方は、人間の中で……いや、郵便屋を営むもの
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