落ち着いて考えれば俺は何故若様の買い物に付き合っているのだろうか。
あの一日から俺はまるっきり若様の奴隷か何かだ。実質奴隷と宣言されているのだから向こうにとってはそのままの扱いなのだろう。
集中的にからかわれたりパシらされたり面倒を押し付けられたりするお陰で若様は他のギルドメンバーへの興味が薄れているらしく、今まで嫌がらせに逢い続けていた者は俺に憐憫の瞳を向けつつ感謝までしてくるようになった。
無論、その分の嫌がらせを俺が一身に受けている事を察しての事だ。
落とし穴から救出してもらう見返りとして若様が街に繰り出す間の護衛兼荷物持ち兼財布係として言い付けられた俺は、地下街の絢爛とした街風景の中機嫌良さそうな若様の後ろを、大荷物を抱えてよたよたと付いて行っていた。
「ほら、早く来なよ。何時までそんなトコに居るんだよ」
少し先で振り返り俺を急かす若様。荷物を担がされて歩くのも侭ならない俺の様子を構う素振りすらみせなかった。
「ちょっと待ってくださいよ」
若様が購入したのは多数のお洒落な衣服と可愛らしいぬいぐるみだった。およそ男が欲しがる様なものではないと思いつつも、そんな事を口に出して命を繋げるとは思えないので沈黙する。
持たされる荷物の量に息を切らす俺の目下の心配事は財布の中身だ。ギルドでの給金も未だもらえないまま若様の買い物に付き合って無事なはずが無い。正直次まともに会計を持てば今月どころか来月分の食費すら賄えない。既に今月分は息をしていないだ。
「若様、ちょっと休憩していきませんか」
こうなったら時間稼ぎだ。若様の衝動買いを未然に防いでやる。
すると若様はポッと赤くなる。その顔が段々と薄気味悪い笑みを浮かべ始めると、その口から出たのは随分無粋な台詞だった。
「何? 休憩って、僕に下の世話をしてほしいって事?」
「違います。ほら、あそこ」
若様の挑発を軽く躱せる様になっていた俺は平然と傍に見える菓子屋台を指差した。
「なんだ、つまんない。やっとその気になったかと思ったのに」
反応は返さず、屋台が出している長椅子に荷物と腰を据えてやっと一息吐けた気がした。
すると若様が後ろに手を組んで、椅子に腰掛ける俺をじっと見下ろし始めた。
「……なんですか?」
「なんですか? じゃないよ。休憩するって自分で言い出しておいて、奢ってもくれないの?」
若様の視線を辿る。その先には菓子を買って幸せ一杯の子供と、その母親の姿があった。子供の持つ紙袋からカラフルな砂糖粒が一つ零れ落ちそうになり、そっと母親が手で掬って戻しているのが見えた。
「ああ、そうですね……幾つ欲しいですか?」
若様は俺の声が聞こえなかった様に、まるで釘に打ち付けられた様に視線をその母子に向けていた。
「……若様?」
尋ね返すと、何事もなかったかの様に軽く伸びをして「全部」と放り投げる様に口にした。
「はい?」
耳を疑っていると駄目押しに「全部ったら全部だよ」と若様は繰り返した。
「ちょ、ちょっと待って下さい……。うわ、キツ……」
財布の中と菓子の値段札を見比べて導き出した感想だった。最早喉の奥で噛み潰す事も出来ず、口に出してしまう。
菓子一つは子供向けの値段といえど、大人買いするには中々値が張るものだった。
「お菓子すら買えないの? お前ってホント貧乏だよね」
俺が狼狽する様子を見て若様はそう断じた。
普通に見れば今まで買い物に付き合って散々人の財布から金を抜き取った人物から最終的にそのような言葉を発せられる謂われなんてないのだが、この若様にあってそんな理不尽な台詞は日常茶飯事だ。いい加減腹を立てる労力もない。
「もういいよ。帰る」
若様はそう言い捨てると徐に踵を返した。俺は慌てて荷物を担ぎ直し、その後ろに着いて走る。
だが、若様の後姿からは怒気が感じられる。近付くなと言わんばかりの気配に、少し距離を置いて若様の帰り道を付き添った。
当然ギルドに着くまでに若様からからかわれる事は一回もなかった。
―――――
ギルドに戻った俺は若様の態度の変化が気になり始めていた。
菓子屋台で親子を見掛けてから、なんだか何時もの様子とは違うようになったんだ。
どうした事だろうか。そう考えている所に誰かが若様の部屋の扉をノックした。
「若様、ギルドマスターがお呼びです」
あれから若様は部屋に戻って来ていない。各言う俺も、若様の様子が気になって部屋に戻ってきた所だったのだ。普段なら寝泊りする以外で若様と遭遇する率の高いこんな場所に態々居る事はないのだ。
俺は自分から扉を開いて、来訪者の顔を確かめた。相手は驚いた様子だったが、俺はその男の顔に見覚えがあった。
「おや、ハルさん。どうして若様のお部屋に……」
ギルドに加名する際受付を担
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