君を受け入れる決意を決めたその日は既に日が落ちていたが私はそのまま家に帰る事はしなかった。
始めたのはその日からだ。そう、児童養護院から足を一歩踏み出した瞬間から私の頭の中を巡っていたのは君に贈るに相応しい父親の姿だった。私にとっての父親とは呑んだくれでよく母に暴力を揮っていた野蛮人の事であるがそれが一般的に親を選べぬ不幸であったとはよく知っているつもりである。
私が先ず始めたのは身形の整理である。今のままでは立派な浮浪者だ。良くて乞食である。乞食風の男が成功者の道を歩めようか。成功者達は皆一様に成功者足る風貌をしているものだ。
私は身に纏ったボロを脱ぎ棄てる。降り注ぐ雪が素肌を刺すが火照った身体にはそれも判らない。凍る直前の川に飛び込み身体を濯ぎ積もった垢を洗い落としてから無造作に伸ばした髭を引き千切る。顔に血が滲もうが構うものかと引き千切る。
身体が渇き切らない内に衣料品店に入る。川に落ちて着る物が濡れてしまった事を店員に告げ、拭く物を貰う。枝のような身体に滴る水滴を拭いながら安い服を選んで購入し着用する。続いて別の店で屠殺される寸前の駄馬と中古の馬車を買った。それで私の全財産はまだ消え失せる事はない。残りは馬のエサに消えた。まだ日付も変わらない内に石材を運ぶ仕事を見付けこなし、財産は元の二倍に膨れ上がった。
一年は運送屋として働いた。生き物であれなんであれ運んだ。商人だった頃に使っていた馴染の街道は何処にでも繋がる魔法の道であった。途中で幾人も私を知っている人間が声を掛けて来たが私は彼等の事をとんと憶えていなかった。
働き過ぎで馬が死んでも私は新しい馬を買えた。そしてまた使い潰す。私といえば満足に飲み食いもせず痩せて行くばかりだったように思う。それでも私より先に馬が死んだというのは滑稽と謂うべきなのだろうか。
私は仕事の合間に手紙を書いた。君へだ。もうすぐ短い冬が来る頃だろう。何が欲しいかを尋ねる事にした。君の誕生日が何時か判らないから、プレゼントをこの時期に贈り続けようと考えたのだ。
返事が私の下へ届いたのは丁度冬に入った直後だった。それは私が君の待つ町へ戻る一日前の事だ。肩にコカトリスを乗せたおかしな風体の青年が君の手紙を届けてくれた。君が御所望だったクマのぬいぐるみは町の中で特別柔らかそうな物を選んだ。
雪が深々と降る朝。私は君に会いに行った。児童養護院の前では件の修道女が目を丸くしていた。
「 驚きました。随分とお変わりになられて」
軽い会釈と共に修道女に君へのプレゼントを渡す。
「さぁさ、あの子に会って行って下さい。あの子もあの日から貴方がお見えになるのを楽しみにしていたんですよ」
私はやんわりと断った。どうして、と尋ねる様な表情を向ける修道女に私は次の仕事で早々にこの街を立たなければならない事を告げた。
だが最初の年に顔も見られないというのはどうだろうとも思える。修道女の強い勧めもあって僅かな時間であるが君に会う事にした。
去年の冬と同じ部屋。白い部屋に君が浮かぶ。君は私を見付けると、一年越しの成長で一段と背が伸びた身体を揺らして私に駆け寄ってきた。
「おじさん? ホントにおじさんなの?」
去年とは全く違う風体に戸惑うのは無理も無い。私はこの前新しく買った帽子を君に見せてやる。
しかし君はそんなものにも目もくれず一声したのが
「おじさん、すごくやせたね……大丈夫? ちゃんとごはん食べてる?」
私は笑ってしまった。反面修道女は苦笑して私と雪結とに目線を行き来させた。
私は平然と嘘を吐いた。だが何時も忙しいという事実だけは告げた。一年の間に連れ添った馬が三頭死んだ事までは言わなかった。君は「んー」と何とも言えず喉を鳴らした。
最初の一年はそれだけだったように思う。君の顔を見て直ぐに仕事に向かった。思えば随分と素っ気なかった。あれでは良い父親とは言えない。私は当時反省したが考えてみればその時の私にはどうしようもない範疇の事だったように思う。
配達で得た金で私は交易をするようになった。元々私は交易商であったからその手で金を得ようと思っていた。しかし三年間もの間金の匂いと無縁に生きていると勘も鈍っている。その為まずは配達で各地を回り現在の相場と物流を見極める必要があった。一年掛け慎重に見極めた後私はすぐさま全財産とも言える金で安い米を大量に仕入れた。北方で米価の高騰が臭っていたからだ。事実その年の米は凶作で値が2〜3倍に跳ね上がる事になる。単純に見れば私の資産はこれを切欠に2〜3倍に膨らんだ。
米の取引を終えた後他の交易品の価格にめぼしい動きも無かった為無難にぶどう酒や絹を運ぶ事が多かったように思う。少々遠出となるが気が向けばスパイスを買い付ける事もあった。
その年も変わ
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