「凄い……あんな大怪我だったのに、もう治り掛けてる……」
少女は、男の傷の手当てをしながらぽつりと漏らした。
目に見える範囲に刺さる木の枝や尖った石クズを彼女が取り去る内にも、彼の傷はじわりじわりと塞がって行っている。少女は奇妙に感じたが、彼の生きようとする意思がそうさせているに違いないと考え、手を止める事はしなかった。
「これなら止血しなくていいかな……ああ、でもでも骨が折れちゃっているみたいだし、添え木を」
その為には彼を裸にしなければいけない。一瞬彼の下半身に目をやって、初心な少女は赤面した。
「ご、ごめんなさい……」
小さな声で断りを入れながら、少女は男の外套を取り去う。吸い込まれてしまいそうな藍色の生地で仕立てられた長身の外套からは、危険な香りがする。
続いてその下に着込まれている鎧を外そうとしたのだが、其処で少女は困り眉で手を止めた。
「うーん、脱がし方が判んない……」
布ならば、緊急時には切り裂いて肌を露出させるのだが、鎧となると手順を踏まなければならない。少女はその手順を知らなかった。しかも、男が着ているのはこの付近の兵士が身に着けているものとは随分と様変わりしたもので、想像も付かない。
しかし、彼の鎧は砕けた手足と違って胴体部分が大きく凹んでいる。このままでは身体を変に圧迫し続ける。試行錯誤になる事を覚悟しながら、少女は恐る恐る手を伸ばす。
「うー、此処かなー?」
そう呟いて触れてみた所が「パチンッ」と音を立てて分かれた。
「きゃっ!? あ、あれ? もしかして、壊しちゃった……!?」
不安そうに口を抑えるが、どうやらこうやって外せる様になっているらしいと察すると、少女は要領を得た様にパチンパチンと鎧を取り外して行く。
留金を外し終えた鎧を持ち上げた少女は、その鎧が随分軽い事に驚いたが、続いて裏に溜まっていた血が一気に溢れてシーツを染めたのを見て肝を冷やす。何処か出血している場所があるのかと見回してみるが、その痕跡は見当たらず、一先ず安堵する。
(吃驚した……鎧の裏に溜まってただけかぁ。次は、手足だね……)
次はガントレットとグリーブを外しに掛かる。此方は鎖できつく巻かれている。その下の腕や脚の骨が折れているので、慎重に外す。
この時、ガントレットに嵌め込んでいた歯車が外れ、ベッドの下に転がって行った。少女はその事には気付かず、露出した患部をまじまじと見詰める。
骨折部位が紫色に腫れ上がり、甲では防がれなかった部分には木や石が突き刺さり流血が残っていた。
「! ……」
足に怪我を見た時、少女は息を詰まらせる。傷口こそ治っている風に見えるが、明らかに他の傷よりも前の物。それも、矢が刺さった痕だった。少女は昔、矢が肩口に刺さった男の傷を見た事がある為に、そう察してみせる。
少女は余計な考えを振りほどく。
異物を取り除き、傷口が化膿しない様濡らした布巾で身体を拭き、消毒した後、念の為に傷を癒す軟膏を塗っておく。後は添え木と合わせて包帯を力一杯に何枚も巻いて、手足を真っ直ぐに固定する。
「よし、これでオッケーかな」
額に流れる汗を拭き、少女は手当てを終えて、拍手を打つ。ベッドに寝かされ瞳を閉じている彼も今は息も落ち着いている。
「……綺麗な黒髪だなぁ」
少女の髪は白銀に輝く。皆が綺麗だと認めるその髪を、少女はお婆さんみたいだと恥じていた。少女は別の色を欲しがっていたから、彼の髪を近くで見ようと視界に掛る乱れた前髪を指で退ける。真っ赤に染まった自分の指が視界に飛び込んで来た。
「あ……」
運ぶ時に付いてしまったのだろう、少女は気付いても直ぐには立ち上がろうとはしなかった。
この人の身に何があったんだろう 。
少女は彼の事情が気になり始めた。足の新しい傷の他にも、身体を拭いていて気付く、彼の背中には醜い古傷が赤く脈動していた。其れはまるで、拷問の痕の様だと少女には感じられた。
奇妙な事に、その中心には小さな穴が空いていて、其処から視線を感じた。思い出して、少女の背筋が冷たくなる。
「……あんまり詮索するのは良くない、よね」
暫く考え込んだ後、そう断じた。手を洗わなければならない事や、散乱している救急箱の中身を戻さなければいけない事を思い返し、彼女は木椅子から立ち上がる。
森の中にぽつんと建っている彼女の家は自然の恵みに囲まれている。普段の食べ物も贅沢しなければ果実や川魚で済ませている。近くには綺麗な川が流れていて、其処の水を汲んで日常生活に使っている。手を洗うのに使うのはその水。
けれど何時も水を溜めて置いていた貯水槽の中が空っぽだった。そういえばと、少女は彼を助けるのに必死で折角汲んで置いた水を外の台車に置きっぱなしにしていた事を思い出し、外に出た。
木々の隙
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