第13話 エルドラの大飢饉

注意!この話には残虐表現が含まれており、且つ惨い話となります。
悲惨な結末が苦手な方は読み飛ばして下さい。




















 夢を見ているという自覚を持って夢を見るのはこれが初めてではない。ましてやそれが、自分の過去に照らし合わされているという事を承知して見る事も。


 多くの事から苛まれて来た俺は、多くの事から目を逸らし、多くの事を忘却の彼方へと捨て去った。だけれど、忘れてしまえば誰かを救えるなんて事は、多分一生ないのだろう。それよりか、この心に刻み込んで、決して忘れないように力を揮う事の方が、今の俺にとって必要な事なのかもしれない   。





――――――――――





「   どうしたの、お兄ちゃん?」
 呼び掛けられて、まるで何処かから引っ張り込まれたかの様に意識が呼び覚まされる。
「……ああ、アニスか」
 玄関には少女が立っていた。赤い髪を無造作に伸ばし、ずっと着たきりの、汚れて粗の目立つ上等な仕立てであっただろう服を着て。開け広げた扉から指す逆光が、少女の周りをぼんやりと明るく照らし、中心に暗く影を落としていた。
 少女は泥に汚れた靴で木床を踏み締め、気兼ねなさそうに俺の元に寄って来る。
「寝てたの? 起こしちゃった?」
 自分の手には専門書が一冊乗っかって、俺の目にページを向けている。先程まで読み耽っていた事を俺は朧気に思い出す。
「らしいな。……アニス」
「なぁに?」
「人の家に訪ねて来た時は、まずどうしなきゃいけないんやったかな」
 アニスは笑顔で手を振り上げる。
「こんにちは!」
「……言い方が違ったな。人の家に入ったら、ドアを締めろ」
 指を差す。街の通りから名も知らぬ通行人に家の中を覗かれるのは不快極まりない。アニスは「いけない!」と慌てて扉を閉めた。外界との接触が壁一枚で隔てられると、部屋の中の俗っぽい空気も消え、落ち着いていく。
「で、今日は何の用や? 何処か怪我でもしたか? それとも、また食べ物か?」
 俺はこの町で医術師の様な事をしていた。難しい事は出来ないが、例えば戦場や冒険で負う様な傷や簡単な病気、疫病に対する衛生管理等は一通り経験や書物でそつなくこなせる。今さっき読んでいた本は、其処から発展した技術を取り扱うものだった。
 彼女、アニスは孤児だった。保護してくれる心優しい人なんてこの街にはおらず、地下水道で寒さを凌いでいる、ストリートチルドレン。彼女は物乞いをして日々のパンを得ていたが、餓えの為に体は細まり、年相応の成長の妨げになっている事が目にも明らかであった。
「ううん、今日は遊びに来たの」
「そうか。まぁ暖炉もあるし、温まるには都合のいい場所やろうな」
 端から彼女の思惑が見え透いているという風に振舞い、皮肉を言ってやる。ちょっと前彼女が持って来た厄介事に対する、ほんの小さな当てつけのつもりだった。
「そういうのじゃないもん」
 アニスは、頬を膨らませて不満そうに俺を睨み挙げた。俺は首を振り、面倒がる様な印象を振り撒きながら手で追い払う真似をする。
「悪いケド、お菓子は用意してないからな。お前に何かやると、他のガキにも物やる羽目になる」
 その台詞を聞いたアニスはどうやら俺の素っ気ない、というよりか、意地の悪い態度に合点が言った様だ。途端に、仇に向ける様な居心地の悪さを振り払って、冗談めかして媚びる様な人懐っこさを向けて来る。
「前のは悪かったってばー。あれは、二人だけの秘密だもんねっ?」
 この前俺が親切心で食い物を与えた事を、釘を刺したにも関わらずアニスが他のストリートチルドレンに不用意に話してしまったらしく、俺の家に直接物乞いに来る子供が暫く絶えなかったのだ。
 俺はとんでもなく不快な思いをした。物をせびる子供の目の奥はどんよりと泥の様に濁っている。そこに生への執着がねっとりと光って、俺を射抜く。旧魔王教の子供達も仄暗い瞳をしていたが、彼等に生への執着なんてなかった。彼等は管理された人形だったから、そう言う物が無かった。だからこそ、人間として、飢えた子供の目というのは、猶の事俺には薄気味悪く感じたものだった。
「……どうしたの?」
 けれど、アニスの瞳は輝いていた。他の孤児と違って、親や保護者がおらず、恵まれない生活を強いられる事によって知らず知らずの内に育まれる筈の卑屈さや狡猾さなんてなく、その立ち居振る舞いはまるで自分の人生を精一杯に謳歌している鳥の様にさえ見えた。
 彼女は何時も楽しそうだ。少なくとも俺の前ではずっと笑っている。孤児達は、自分達の中でも年がそれ程上でもない彼女を慕っている。
 俺は気付いた。俺は純粋な物が好きなんだ。自分の理想に合った、純粋無垢な物。多分、だからこそ彼女には甘く接してしまうのだろう。俺はそんな自分が気に入
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