外は朝霧も晴れつつある。
息が詰まる様に埃っぽい建物から生温い空気が満たす外界へと飛び出した。
「待て、テメェ!!」
怒声が追い駆けてくる。
相手の足の速さは、少なからずダメージを受けている俺では振り切れそうもない。
「くっ、思った以上に手間取らせてくれるやないか……っ」
取り返した武具防具を装着しつつ、後方に振り返る。丁度、手練らしい雰囲気を湛える軽装の男が剣を突き出して来る所だった。籠手から突出させた暗剣を打ち当てて、剣の軌道を往なす。足を止め、相手の刺突に数回応じた所で、剣士が片手剣で刺突を繰り出しながら空いた手に炎を灯した。
魔法剣士。厄介な事に、此方の弱点の炎を使って来る。
「< 頂きの燭台に灯せ>!」
至近距離で顔面を狙って打ち出された炎の魔術。弾速が速い。
「ち っ!」
魔力に反応して追尾する攻撃特化型の炎だ、躱せない。神経を研ぎ澄まし、熱さを覚悟し籠手で払う。
猛攻に圧倒され、脚が退く。一番軽装で足が速いらしい剣士の後から大剣を担いだ女と弓矢を構える老人、また更に重装備の剣士が数人合流した。
「どうだよ。昔殺した連中に、今度は逆に追い詰められる気分はぁ?」
足止めしてくれた剣士がしたり顔で言う。
「ハッ。そうやな、こういうのは新鮮やから、どうかと思って考えてみたけど……」
俺は周囲を取り囲む連中の顔を一人一人確認していって、ある事実に気付いた瞬間思わず吹き出してしまった。
「 悪い、お前等の顔誰一人として憶えてなかったわ」
老人の濁った眼が、まるで嘗て鷹の目であった様に俺を射抜く。
弦が震える音。
ドスドスッ。
リズムよい音と共に、俺の右脚に二本の矢が突き刺さる。ガクンと一瞬腰が抜けたかと思った。
「……ふん。あの時は不意打ちじゃったから不覚をとったものの、儂の視界に捉えている以上、御主は儂の矢からは逃げられんよ」
老人が再び矢を番い、俺に向ける。この老人の事はそれとなく憶えている。確か、神弓と呼ばれた凄腕ハンターだ。実力はまだまだ衰えていないにも関わらず、老いているからという理由で若い勇者のパーティから外された後、スカウトされた人物だった筈。
足を狙ったのは獲物を仕留める基本。脱走者は生け捕りにする気か、それとも着実に息の根を止めるか気か。それはどうかは知らないが。
「 余所見してんなよ!」
咄嗟に前にローリングする。気勢を挙げ、振り降ろされた大剣の先は俺のさっきまでの立ち位置を深く抉る。その柄を強く握り締めながら俺を睨み挙げる、マスクの女。俺の視線はというと、その女の殺意の籠った目ではなく、大剣を振り降ろした前屈みの姿勢の所為で垂れ下がる、胸当てに収まりきれない程に豊満な乳房に釘付けだったが。本当に目のやり場に困る格好だ。
此奴は確か、重度の戦闘依存症で常に前線に立っていた女だ。といっても、始末するのに何の苦もない相手だったが。
しかし一度倒した事のある相手といえど、今の俺は弱体化も甚だしい。複数体一人では勝算はないだろう。逃げたいが、老人の弓はそれを許さず、容赦無く俺の背中を射抜く事だろう。若しかすると、サレナリエ大聖堂で俺を狙撃したのもこの老人だったかもしれない。
「……ふぅ」
心を落ち着かせ、手を考えてみる。今ある装備で何か無いだろうか。確か、麻酔はサルナリエ大聖堂前で使い切ってしまった筈だ。いや、あっても精々脚に刺さった矢の痛み止めくらいにしか使い道はないだろうから別に構わないとして、他にあるものと言えば即興で作った格納式拳銃くらいしかない。
鉛玉は入っているか? 火薬は? それとなく籠手に手を回し、中身を手で探って確認する。どうやら、押収された際に抜き取られてしまったようだ。
世の中上手くはいかない。これじゃあ折角作ったギミックが宝の持ち腐れだ。此奴が活躍する日は何時だろうか。思わず溜息が漏れた。
「さて、どうしようか」
独り言の様に振舞いながら、ポアユイズに問い掛ける。自分は案外、追い詰められている。その確信がどうにも不安を駆り立ててくる。
『……アレ、する?』
ポアユイズは「切り札」を切る事を提示した。しかし、弱体化した身体のままアレをやるのは忍びない。自分の身体が耐え切れるか判らない。準備しておいて欲しいとは言ったものの、正直、賭けだった。
逡巡する俺にポアユイズは「大丈夫だよ」と、安心させる声で言ってくれた。勇気をほんの少し分けてもらえただけで、迷いのある背中を押された気がした。別に連中を倒す必要はない。其処まで欲張った成果を上げる必要はない。
「……まぁいいか」
アレをやれば相手は恐らく怯む。その隙を狙い、全力を逃げる事に注ぐ。俺の考えはそれに適った。
「俺の身体が粉々に砕け散っても、それはそれで面白いかもしれん
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