世の中で言う“最悪”と謂うのは二種類あって、予測出来る“最悪”と予測を上回る“最悪”というのがある。
どちらが本当に最悪かは言わずもがな、後者だ。予測さえ出来ていれば、回避策も予め考えられただろうが、上回られたとすればその場凌ぎが精の山だ。
俺にとって、今のこの事態は将に予想だにしていなかった最悪の事態であった。
今更、何故こんなシナリオを考え付かなかったのだろう、何故予め彼女達に「正体がばれぬ様に」と釘を刺しておかなかったのだろう、と後悔は募るが、なってしまったものは仕方ないと今は平静を保つ事が出来ていた。
俺が考えるべきはどうやってこの窮地を切り抜けるかだ。
南洋正教会騎士団の精鋭がサレナリエ礼拝堂前に集結し、俺達を取り囲んでいるこの状況を如何に打破すべきか。
そして リヒャルト。
俺が彼に与えて来たものは全て砕け散った。さっきまでの幸福は泡に消えた。
宵闇の外套を身に纏う俺を見る彼の目は、現実を受け入れるのを拒むかのように冷ややかだった。きっと脳裏では裏切りを認識し、それを否定、また肯定するといった過程を経ているだろう。
その極限は、俺への怨みであり、怒りであり、失望。
彼の心の葛藤を読み取るだけで俺は胸が痛んだ。裏切られるのは辛い事だ。俺はそれを知っているから、同情した。
「ふんっ、こんな連中儂等に掛ればちょちょいのちょいちょいちょいじゃっ。レイン、クロモ、ジーノ、奴等を黙らせるのじゃ」
「はい、バフォ様!」
「……了解致しました」
「はーい♪」
マオルメの号令に魔女三人が答えると、その姿を覆い隠していたローブを脱ぎ去る。
彼女達の姿を見た教会騎士達は目を疑う様に口々に言う。
「子供!?」
「気を付けろ、ネクロマンサーの仲間だぞっ」
「幼女……」
俺は静かに息を整えてから、息巻く様子の彼女達に言う。
「駄目や。此処は逃げる」
マオルメは眉を顰めると、低い位置から俺を睨み上げる。
「儂等を見縊ってもらっては困るの、兄上。こう見えて儂等は魔界でもカワイイだけじゃなく、実力派で通っているんじゃぞ!」
「いや、そういう心配じゃなくて……」
何と言うのだろうか。
戦いたくないのである。
フレデリカを傷付けようとした教会騎士達は万死に値するが、それでも彼等は今リヒャルトの兵であり、彼等を傷付ける事は即ちリヒャルトを傷付ける事に他ならない。
リヒャルトは、敬虔な信者であり共通の信念の為に剣を取る彼等が傷付くのを、自分の事の様に受け止める。
兎に角、俺はリヒャルトと縁を切ろうだなんて思ってはいないし、今でも敵対したいとは思っていない。今すぐにでも誤解を解きたい所だが、それでもこんな殺気立った場所で説得も何もあったものではない事は良く判っているつもりだ。
だから、此処は逃げる事に決めた。動きを滅法制限する聖衣を脱ぎ去る事は、リヒャルトの誤解を強めるに違いないだろうが、どちらにせよリヒャルトには考える時間が必要だ。この誤解は今後彼が自分の身を案じる為にも、結果的にはいい薬にもなるだろう。
彼の出方次第で、俺は今後彼に対してどう接していくか決めるつもり。
聖衣を脱いだ時、同時にこの縁を斬る覚悟も決めたつもりだ。
そうなる事態を願う事はないが、万が一の時に覚悟がなければとても辛い。多分、耐えきれずに俺の心は瓦解するだろう。
マオルメはそんな俺の顔をじっと見詰めていたが、鼻から軽く息を噴き出した後周囲を見渡す。周囲の連中はまだ彼女が魔物の中で最上位に位置するバフォメットだとは感じていない様子だ。
「ならばどうやって逃げるのじゃ、兄上」
「……さっきまで、教会の目を警戒している筈のお前達が何で俺の部屋まで来られたのか考えていたんやけど お前等、空間転移してきたんやろう?」
さっき式典に出るとごねた時、此奴等が素性を隠して教会内を歩き回るという単純な発想すらなかった事から、恐らく周囲の目を気にする必要のない移動手段があった筈だ。
それだけを考えれば透明になれるとか、魔力を隠蔽出来るとか、そういう方法も考えられる。
しかし、俺は予め彼女達の為に態と部屋に会員証を置いて行った。
彼女達が何の考えもなしに会員証の傍に来ると予想した俺は、敢えて人目に付かない俺の部屋に会員証を置き去りにしておいた。
俺は思い出していた。エルテュークを南下した荒野の中、彼女達と再会したあの場所で、彼女達は紋章陣の中から飛び出して来た。きっと今回もそうだったのだろう。
「もう一度やれるか」
能力を失う前、俺は何の詠唱も無くても魔物の軍団を遠くに飛ばせたものだった。バフォメットくらいならそれくらいやれる筈だ。
だが、マオルメは予想外に難しい顔をし始めた。
「……無理を承知でもう一度、とい
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