「 おい、見てみろ」
兄貴に促され、俺は船の先に目を凝らす。
雲の隙間に見え隠れする緑の髪、綿の様な体。
そして俺が与えたシャツが、其処にはためいていた。
「ふわふわ……!」
俺は思わず呟いた。
兄貴は俺の様子を見る事もなく、テキパキと船員に指示を飛ばす。
「全速前進、多少風に煽られても構うな。毛玉に近付いたら次第にスピードを落とすんだ」
「アイアイサー!」
俺は操舵室を飛び出した。
「あ、おい!」
兄貴が俺を引き止めようとした理由は判る。船のスピードが出ている今、甲板に吹き付ける風は掃除に出た時の比じゃない。
だが、俺は飛び出さずには居られなかった。
甲板に出る扉が風に抑え付けられて酷く重たい。
それを体で押し退け、暴風の中に身を置く。
外に出たら、もう満足に立って居られない状況になった。扉に背を向け、磔にされた気分になる。
暫く呼吸を置いていると、飛空艇の左翼の雲間にはためくものが見えた。
ふわふわに追い付いたのだ。
俺は壁伝いに左舷に向かい、暴風と暴音の中毛玉を呼んだ。
「 〜 ……!」
自分でさえ、良く聞きとれない声。届いたとは思えないが、ふわふわの真ん丸な目が此方に向けられたのが此処からでも判った。
そしてキョロキョロと飛空艇の姿を眺めた後、俺と目が合って 初めて、泣きそうな顔を見せた。
何時も笑っていた、俺が拒絶した時でさえ笑っていた彼奴が、俺の姿を見て表情を歪ませた。
俺は改めて、ふわふわの幸せがこの空には無い事に気付かされた。
ふわふわ ッ!
必死に手を伸ばす。
その手に吸い寄せられるように、ふわふわが近付いて来る。兄貴が操縦桿を上手く操って、飛空艇を彼女に寄せたのだ。
ふわふわは、俺に手を伸ばし返して来た。
俺もそれを掴もうと、身を乗り出して手を差し伸べる。
風に蹂躙されて左右に揺れるふわふわの体。俺と彼女の手は指先で触れ合っては離れる。掴もうとして、何度も空を切った。
「ふわふわ!」
最期のチャンス。そう意気込んで思いっきり伸ばした手は、空を切った。
ブオォッ。
船は雲の中に突っ込んだ。視界が灰色がかった白で覆われる。
その時、気紛れに方向を変える風。
どんどん離れて行く、ふわふわの手。
俺はそれをなんとしても掴みたかった。
だから……。
「 !」
咄嗟に柵に足を掛け、決して足場なんてない雲の中に飛び込んだ。
飛び込んで、腕を伸ばして。
ふわふわの体を、抱き締めた。
「 わはー」
ふわふわはキョトンとした表情で、相変わらず間抜けな声を上げた。
その仕草すら愛おしくて、俺はもっと強く抱き締めた。
「ごめん、ふわふわ。お前の事、気付いてやれてなかった」
「……うん」
それだけを言うと、ふわふわは俺の口を塞いだ。
ふわふわの小さな舌が、俺の歯を舐める。口の中で息を漏らしながら、俺の舌と絡みあう。
「ん……ちゅ、ぴちゃ……おにーさん」
「うん?」
「しあわせ……?」
ふわふわは、そう俺に尋ねる様に呟いた。
俺は素直に、幸せだ、と答えた。
ふわふわとこうしていると、体が軽い。
けれど、そんな感覚とは無関係に、今の俺達は重力に逆らう事が出来ない。
ゆっくりと落ちて行く感覚。ふわふわは俺の体を強く抱き返して、再度キスをねだった。
唇を重ね合わせながら、俺達の体は雲を突き落ちて行く。
俺は静かに目を閉じた。
後悔なんてしない。
今こうしている事が、幸せで溜まらなかったのだ。
けれど 雲を突き抜けた頃くらいだろうか。
ぽふん。
そんな感触が体を包み込んだ。
重力に引っ張られる感触が、嘘の様に消えた。まるで、揺り籠の中にでも収まったかの様な感覚。
目を開けてみる。
俺の体を受け止めたのは、雲の様な、ふわふわもこもこした白い塊だった。
「な、なんだこれ……」
俺がその塊を撫で擦ってみると、びくびくと確かに生物の様な感触を示し、何処かから「わはー」という声が聞こえる。
それに反応してか、次第に周囲から「わはー」や「あははー」などの声が聞こえ始める様になって、もう俺の声なんて掻き消されるくらいの大合唱が辺りを包み込んだのだった。
「……わはー」
俺が抱き締めるふわふわが、「大丈夫だよ」と笑った。
俺はもしや、と思い尋ねる。
「皆、お前の友達……か?」
「わはー♪」
ふわふわは肯定する様に笑ってみせると、甘える様に俺の唇にキスした。
「ちゅぅ」
俺はふわふわの頭を撫でて、胸に抱き抱える。
ゴォォ……ッ。
ふと横を見ると、飛空艇が船体を大きく傾けて急降下していっているのが見えた。次いで、その船体の周
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