リヒャルトの戴冠式がもうじき始まろうとしていた。
俺はシャワーを浴びるのもそこそこに自室に戻った。フレデリカに精の臭いがすると追及されるのかと覚悟はしているが、そんな事よりリヒャルトの晴れ舞台に遅刻なんてしたくなかったのだ。
「フレデリカ」
リヴィアとの行為で服が皺だらけだ。手際良くチュニックを着込み、その上に新しい聖衣を身につける。特別な式典に着けて行く様に義務付けられている十字架を首に、リヒターを頭に身に付ける。相変わらず縦に長いこれは鬱陶しい存在感を放っていて、基本的に目立つのを嫌う密偵には酷なものだった。扉とかあったら態々潜(くぐ)らないといけないし。
「……フレデリカ?」
何度か呼んだにも関わらずフレデリカから返事がない。
キッチンを覗く。其処にフレデリカの姿はなく、朝食の食器はもう綺麗に片付けられてある。
不審に思いながら、最期に寝室の扉に手を掛ける。
「フレデリカー……?」
ガチャッ。
取っ手を引き、部屋に入る。
その瞬間、ばさぁっと、ベッドのシーツが空へと羽撃いた。
何事かと思っている所に、聞き覚えのある姦しい声が聞こえ始める。
「兄上ー♪」
「お兄ちゃーん♪」
「わー」
「……なんで私がこんな事……ぶつぶつ」
ベッドに隠れていたらしい、バフォメットと愉快な三人娘達が飛び出して来た。
まさかの場所でまさかの再会である。
唖然としている俺に、凝った登場の仕方をしてやったと言わんばかりのどや顔の魔女三人娘達を率いるバフォメットであるマオルメが偉そうに踏ん反り返りながら口を開く。
「兄上ときたら……いい年をしていながら、儂等から逸れて迷子になるとはッ。全く、情けない兄上じゃのぅ。儂等がこうして迎えに来なければ一生迷子になっている所じゃったぞっ」
「いやいやいやっ!? 迷子になったのはお前等やろうがっ」
リヒャルトに出会う前、大食いのジーノの食事代を経費としてエルテュークに請求してやろうと俺が考えている所で、此奴等はちょうちょを追っ駆けてそのまま行方知れずになるという何ともメルヘンで可愛くもクソも無いボケをかましたのだ。彼処から此処まで追い着くのに時間が掛った様だが、多分、あのまま迷子になったからだろう。(マオルメが)
「儂は迷子になんかなっておらんっ。この偉大で聡明なバフォメットである儂が、帰り道を見失って泣く事など在りはせんわっ」
「泣いたのか……」
「な……っ!? じゃから泣いてないと言っておろうがッ」
「そーでちゅかーこわかったんでちゅねー。おむかえにいったほうがよかったでちゅかー?」
「そ、そうじゃ! 兄上が迎えに来るのが常道じゃろうっ。全く、兄上ときたら!」
「そっち!? ていうか捨て身のおちょくりがスルーされて自分泣きそうです!」
羞恥心を擲った挑発とかスルーされると結構反射ダメージがデカイ。
「……それはさて置き、何しに来た」
取り敢えず近くのソファに腰掛け、ベッドの感触で遊んでいる彼女達に尋ねる。
するとマオルメは心底怪訝な顔をするのだった。
「何しにって、兄上の手伝いにじゃ」
「ああ……そういえば、フレデリカに手伝うように言われてたっけ」
しかし、実際に足を運んで判ったが、エルテューク本国が危惧する様な事態には陥っていなかった。勿論、念の為此処の地盤を固める為にやるべき事は影でやっておいたが、基本的には放置でも良かった位な印象だ。
責めて重要だった事と言えば、フィアーユの説得とリヴィアの改心くらいだったろうか。あれらは放っておいたらちょっと面倒な事になっていたなーくらいの印象だ。俺がいなくても誰かがやっていただろう。
「あー、悪いんやけど、手伝ってもらおうにもお前達が来るまでの間に粗方片付いちゃってな」
本当はマオルメ達を必要とする場面が見当たらなかったのだが、にこにこと茶を濁す。
すると、それを聞いたマオルメは瞳を輝かせて身を乗り出した。
「ホントかの! なら今すぐ儂と魔界へ……」
「 わーっ!?」
大声でマオルメの言葉を遮る。そういえば此奴等が積極的に手伝おうとしているのは、俺を一早く魔界に連れて行く為だったのだ。
「い、いや……ま、まだやる事が残ってるんだぜ? ま、魔界へ連れてくのはもうちょっと待っててくれないかだぜ?」
「ふむ、そうか。残念じゃのう……早く兄上と魔界で暮らしたいものじゃ」
マオルメがしゅんとして俯く。此奴には悪いが、こちとら魔界になんぞ行きたくないのだ。理由はおいおい話すとしよう。
青髪の魔女、クロモは俺の顔を窺う様にじーっと見詰め始めた。
「お兄様、只でさえ気持ち悪い訛りだったのに拍車が掛ってお兄様そのものが気持ち悪いです」
「其処まで言われる必要あんのか!?」
上機嫌に微笑むクロモ。その目に光るもの
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