【そして夜が明ける】
「フレデリカッ。フレデリカ……!」
ヴァーチャー様の声。
「目ぇ覚ませっ。死ぬな! 死なないでくれ……お願いだから! フレデリカッ」
私の、名前。ヴァーチャー様が私の名前を呼んでくれている。
私、死んじゃったんだ。
私は、私の抜け殻を抱いて噎び泣くヴァーチャー様を見詰める。外から自分の体を見ると、自分が死んだんだって自覚が薄い。自分の感覚を確かめてみると、刺し貫かれたお腹を見て痛みを思い出すくらい。何もない。
なんだかおかしな気分だった。
本当に死んだんだって事が信じられない。目の前でこうして泣いている彼を抱き締められそうな気さえする。けれど、出来ない。腕が彼の体を擦り抜ける。
ヴァーチャー様は少しも気付かないまま、私の体を揺さぶり続ける。
「そんな……」
諦めた様に項垂れて、顔を手で押さえるヴァーチャー様。
そんなに自分を責めないでください。その言葉を伝えようとしたけれど、やっぱり彼の耳には届かない。
……どうしてこんな事になってしまったんだろう。
私は……貴方様の事が好きだった。
誰でもない、貴方以外に心を許した事なんてない。
「俺が悪いんだ……! 何もかも、俺の所為だッッ」
そんな事ない。貴方は自分に出来る精一杯の事をしてきた。誰よりも一生懸命、幸せになろうと努力した。
「フレデリカ……」
ヴァーチャー様は、私の身体を強く抱き締めると、そっと唇を寄せる。
あ……もしかして。
「 」
思わず目を背けた。もう死んでいる筈なのに、胸の鼓動が強く鳴り響く気がする。唇にほんのり、温かい感触が広がった気がする。顔が熱くなる。
「俺も好きだった」
胸が一杯になる。
「きっと、初めて会う前から、君の事が好きだったんだと思う。なのに、こんな結末なんて……納得出来ない」
死んでから返事されるなんて、なんだかやっぱりおかしい。けれど死んだ事を後悔する気持ちなんて一欠けらもない。
他の誰でもない。貴方に殺されて良かった……。
―――――
辺りが轟々と鳴り響いている。魔力の流れが、著しく変化している。きっと、とても大きな出来事が世界に起こったのだと気付いた。
けれど、今は……か弱いこの方の傍に居たい。この方を、これから守っていけるのは私しかいない。
よし。
死んでしまった身だけれど、この方を守り続けていたい。その気持ちに偽りなんてない。死んだ魂が何処へ行くのかを確かめて見たくはあったし、成仏っていうのもしてみたくはあったけれど、私の自由は、彼が立派なお嫁さんと一緒に幸せになるのを見届けてから始めよう。
……本当は、私が彼のお嫁さんに成りたいのだけど、そんな我儘今更通用する筈が
『 フレデリカ様』
ふと、誰かが私を呼んだ。
ヴァーチャー様を見る。彼は項垂れて、何も呟いた気配はない。
いや、今の声ははっきり私を呼んだ。
『フレデリカ様』
また聞こえた。
女の子の声。
私は耳を澄ませ、答えた。
「誰?」
何処からともなく私の目の前に一糸纏わぬ可愛らしい少女が現れる。彼女の体は青白く光を纏っている。私の本能的な部分が、彼女が人間ではない事を見抜いていた。
きっとこの子もお化けか何かなのだろう。私は予想せぬ仲間を見付けて、心なしか安心した。
彼女は暫くの間逡巡した様子を見せた後、ぎこちない笑顔を浮かべる。
『……私、ドリスといいます』
彼女はそう名乗った。
ドリス。年の近い子の名前なんて、ヴァーチャー様以外に憶える機会なんてなかったから、とても新鮮な気持ちになる。
「ドリス、さん。可愛らしいお名前ですね」
『……だって、ご主人さまに付けていただきましたから……』
顔を傾け、手を後ろにもじもじと照れる彼女。不意に、辛そうに瞳を落とす。
「……どうしたんですか?」
何故か彼女を他人とは思えない自分が居た。私は彼女に問い掛ける。
彼女は緊張した面持ちで語る。
『……私、ご主人さまに作ってもらったガーゴイルなんです』
「がー、ごいる?」
ガーゴイル、というものが何なのかはなんとなく知っていたけれど、私が想像したのはもっとおどろおどろしい物。こんな可愛らしい女の子がそうだと言われても、ピンと来なかった。
『あの、いえ、元々できそこないのガーゴイルだったんですけど……あ、いえ! 別にご主人さまの腕がどうとかって訳じゃなくって、なんというか、その、まだ時代が早くて、ご主人さまの傍にいられなかった、ってことですけど……』
彼方此方に視線を飛ばしながらそう語った彼女。
さっきからご主人さまと口にする彼女。
「え、と。ご主人様……?」
『あ、ご主人様というのは、私を作ってくれた人の事で……その、えと、名前…
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