【涙を知らず】
頬に鉄粒が突き刺さる。間近でダガーが交差する度、目に痛い火花が散る。
高速に、迅速に、捉えるべく程に間隙ない、連攻に連防。押されているのは俺の方。蓄積ダメージはヴァーチャーの方が遥かに大きい筈なのに、動きのキレは未だ俺を凌駕する。
相手の刹那の腕の動き、足運びから3手先を読まなければ掠り傷では済まない高速近接戦闘は星降る夜の体裁を見せる。火花が散り、それが夜に冷やされて光を失う前に、また火花が散った。
甲高い剣戟音にも耳が慣れた頃、不意に互いの様子を見始める。このまま斬り合っても、互いに致命傷は与えられない。隙を見出し、体力を回復させる為の垣間の安息。
片手にダガー。片手に外套。ダガーは外套に隠し、相手に手の内を見せられない様にする。それは、密偵である、お互い共通して教え込まれたダガー戦の基本だった。
「当たらないってのがこんなにイラッとする事やったとはな」
基本に反し、獲物をブラブラと曝したまま、肩を竦めるヴァーチャー。
「互いに与えられた時間は平等。その中でお前は迷いすら断ち切れなかった癖に、今此処で俺を追い詰めて見せているというのは数奇なものよな。まるで俺が負ける様に神が仕組んだかのように、偶然が起こり続ける」
「……偶然など、この世には無い。全ては必然、決められた事が当然の様に起こるのみ」
「そうか。ならその必然を捻じ曲げてみせる甲斐性という奴を発揮すべきなのかな?」
その台詞は、実に奇妙だった。奴の言う必然の意味は、奴自身の敗北。奴自身、敗北を予想しているという事。今の戦況を見るに、奴は勝利を確信してもおかしくないというのに。
「なんだ、負ける気がするのか」
「まさか。俺の後ろも付いて来られなかった、臆病なお前なんかに」
不意に胸の中に古傷が開いた気がした。矢張り、奴の心には俺の付けた傷がまだ残っているのだ。
「……俺が負けるとしたら、五〇〇年前に置いてきた、偽善的な自分で居た時だけ。やからあの時、運命に負けたんや」
「偽善、か」
「ああ、考えるのもおぞましい偽善」
僅かに俺のマントがはためいた。それを見たヴァーチャーが一気に踏み込んでくる。マントの上からだと言うのに、俺のダガーが僅かに低い位置に移動したのが判ったのだ。
刹那、散る。何とか受け止めた。反撃は出来なかった。順手のダガーは力が籠っている。後ろに飛ばされる。眼前に、外套に隠された奴の蹴りが飛んできた。
脳が揺さぶられる。痛みが右頬から浸潤していく。身体が咄嗟に宙で体勢を立て直し、地面に足を着ける。口の中に血の味が広がる。奴の蹴りは鉄板でも砕きそうだ。
「俺は人を見る目がないのかなぁ」
ぽつりと呟く。
「信じれば裏切られ、協力すれば利用され、何もしなければ邪魔者扱い。俺は誰にも優しくされなかった。その癖、周りは俺に優しくしろと言ってくる」
憂鬱の溜息。
「俺は此処に立つ前に、色んな国で色んな人間と出会って来た。やけど、何奴も此奴も、信じても、ある日突然人が変わったように裏切ってくれたっけ。いい思い出や」
つい先ほど戻ったばかりの記憶を、確かめる様に呟く。
「その連中を殺して、満足だったか」
ヴァーチャーはギロリと上目遣いで睨む。上目遣いというのは本来保護欲を掻き立てるものだが、この場合は当然違った。
「……さっきから、お前、俺が満足かどうかを窺ってばっかりやな。なんやかピロートークしている気分になってきたやんけ」
「貴様こそ、さっきから独り言が多いぞ。寂しいのか」
ヴァーチャーは笑った。下手な冗談を聞いたかのように。
「ははっ。軽口が上手くなったな、ゲーテ」
「お陰様でな」
「 満足やよ」
痛烈な一撃。まるで親の仇の様な怨念の籠った一撃。殺意が駄々漏れた一撃。
躱すのは容易かった。だが外套に隠された奴のダガーが外套を貫いて、俺を執拗に追い駆けてきた。ダガーの腹で二撃目、その突きを防ぐ。
「大満足やっ。人が死ぬ様をまじまじと見られた! また、悲しみの底に沈み込めた! 俺は鬼なんやっ、地獄こそ俺の故郷なんやっ、六つ巷を見る事が出来れば、俺は酷く落ち着けた!」
叫び声を挙げながら、連続突きを繰り出すヴァーチャー。俺は躱しつつ、数回反撃するが、それは全て防がれた。
「満足じゃない訳がないやろ、ゲーテ! 俺は元々そういう人間や! 生まれた時から化け物やった! 悲しみだけが、俺を慰めてくれた……ッ。悲しみだけが、俺の愛やったッ」
奴の目に、光るものが見えた。
「……やはり貴様は変わった。今まで何があったかは知らんが、貴様は昔とは決定的に違う」
「なら教えてくれ、ゲーテッ。俺は昔、どんな奴やった!? 意味も無くヘラヘラしていたか? それとも偽善者みたいな面やったか???」
「少なくとも今みたいに不幸や
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