【ヴァーチャー戦】
「やっと覚悟を決めたか。なら俺も本気を出そう。序でに彼女の紹介もしたいし」
ヴァーチャーは愛おしそうに擦り寄って来た触手を撫でる。
「彼女? ……背中のスライムか?」
「ああ、名前はないけど、魔王の魔力で一応女の子やろう? ……まぁ、見ていろ」
するとヴァーチャーは呼吸を整え始める。魔力量の多い奴が精神統一しただけで、周囲の空気すらも時が止まった様に落ち着く。
やがて、奴の身体が黒く変色し始めた。じわじわと蝕むように、黒はヴァーチャーの体を染め上げていく。いつかの様に、激しい嘔吐や苦しむ様子は見られない。奴はあっという間に身体を変化させ終えた。
「ふぅ……どうや? この変身も自分のモノにすれば、中々便利でな。なんせ、かなりパワーアップするからな」
気楽な口調でそう語るヴァーチャー。寄生した魔物すら自分の力としてしまったらしい。
本当に、敵に回すと厄介な奴だ。実際、今が敵なのだが。ヴァーチャーは指をくいくいと曲げる。
「来いよ」
挑発だ。だが今のヴァーチャーに突撃出来るような者はいない……。
「おっしゃ! 俺が行ってやんよっ」
と思っていたら此処に居た。
ミノタウロスのケイフは斧を振り上げる。その姿は正に勇猛の一言に尽きた。
「姉貴の件もあるしな。テメェは直でぶん殴らなきゃ気が済まねぇ!」
「ケイフ、そんな、危険です。此処はゲーテさんに任せて」
「……テ、テメェが心配してくれんのは嬉しいケドよぉ……やっぱ此処は誰かが行かなきゃダメだろっ?」
確かに、ヴァーチャー自らの実力を測るには誰かが様子見をしてくれるのは有り難い。だが、あの地獄の消耗戦の後で一人を行かせるのは心許無い。
「スヴェン、彼女の援護をしてくれないか」
エリスから渡された水筒を口にしていた彼は、暫くヴァーチャーを見据えてから答える。彼の首筋にはべっとりとした汗が滲み出ていた。
「……判った。丁度、奴には以前の借りもある。直接対決は願いどおりだ。最初に行かせてもらうぞッ、ミノタウロス」
「あ、テメッ、抜け駆けは許さねぇぞ! (折角前に出てゼルを心配させてやろうと……!)」
剣士の後に続くミノタウロス。その姿を見て、ヘザーがやれやれといった表情で前に出る。
「はぁ……まぁ、私も前に出るわ」
「そうか、気を付けろよ」
エルロイの投げ掛けた言葉に、少し照れたような仕草を取るダークエルフ。チェルニーの目が白子の青年を睨み付けている。
「ソニア、我々も行くぞ」
無論、協力者だけに行かせる程無責任な俺ではない。俺はソニアに声を掛け、前に出る。
戦闘パーティはスヴェン、ケイフ、ヘザー、俺にソニア、か。味方を信用していない訳ではなかったが、ヴァーチャーに一太刀入れられるとしたら、俺だけの様な気もする。
「全員で来ないのか。まぁ、それも利口な判断か」
その台詞が攻撃のサインだった。
スヴェンの研ぎ澄まされた一閃。ヴァーチャーは躱した。
ケイフの豪快に地を割る一撃。これもヴァーチャーは躱した。
ヘザーの変幻自在の鞭による一発。これすらもヴァーチャーは躱した。
変身で魔に近付いた所為か、奴の動きが格段に速くなっている。殆んどの攻撃が捕捉され、余裕で躱されていた。
このままでは埒が明かない。俺はソニアと手を合わせ、術を発動させる。かなり上位の炎の魔法だ。「伏せろ!」の一言で、ヴァーチャーを釘付けにしていた味方は腰を落とす。その上を炎の翼が通り過ぎた。
ヴァーチャーは躱さなかった。代わりに背中から生えるスライムの触手が突然膜の様に広がり、その炎をバクンと飲み込んでしまう。
「言い忘れていたけど、此奴はかなりの悪食でね。つっても、俺がそう改造したんやけど」
ひゅんっ
一瞬、奴の周りに光が瞬いた。
ブシュッ
周りに居たスヴェン、ケイフ、ヘザーの身体から血飛沫が上がる。
「ッ! アルダー!!」
叫ぶ。三人が倒れ込む前にケイフとヘザーは急加速したアルダーが、スヴェンは、何も言わずとも動いたソニアが抱き止めた。
ケイフとヘザーは胴をバッサリと切られて出血が酷い。スヴェンは鎧に助けられたのだろう、ショルダー部分が木っ端微塵だが、傷自体は大した事はない。
一旦三人を引かせる。怪我が酷い二人は意識を朦朧とさせていた。
「ソニア、貴様は三人の治療を」
指示を飛ばす俺に、スヴェンがしっかりとした声で言う。
「俺はいい。まずは他の二人を先に頼む」
「……判った。ケイフとヘザーの治療が優先だ! 治癒魔法が使える者は手伝ってくれっ」
「あ、ではケイフは小生が!」
ミノタウロスの少女は彼女自身のパートナー達に預け、ダークエルフの方はソニアが受け持つ事となった。
「お、お姉ちゃんも手伝うっ」
「……え? お姉さん、治癒魔法使えるので
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