【亡者の狂乱】
パチ、パチ、パチ 。
「いやぁ、見事な手際や」
高みの見物を決め込んでいたヴァーチャーが、柏手を鳴らす。
「あれだけの魔物を、一匹たりとも殺さずに動きを止めるとはな」
死闘の末、俺達は耐え抜いた。周囲の魔物達が正気を取り戻し、戦意を失ったのだ。
「姉貴、気が付いたか?」
「う〜ん……なんだか頭痛い……」
「……」
ヴァーチャーの狙いは、人海戦術で俺達を消耗させる事だったが、それだけではない。罪も無い魔物達を嗾ける事で俺達の攻撃を鈍らせ、尚且つ戦意を殺ぐという狙いもあった筈だ。
俺達の内、誰かが操られている彼女達を殺傷してしまえば、「この戦闘は正しいのだろうか?」と誰にも疑問を抱かせ、やがて目的を見失い、結束は崩れる。
それは洗脳の一つの方法だった。連携が崩れた敵を打ち崩すなど、ヴァーチャーにとっては赤子の手を捻る程、簡単になる。ヴァーチャーは力技ではなく、こういった悪辣な手段と陰湿な心理戦を好む。
結果は奴の思い通りにならなかったものの、俺達は見事に消耗させられた。まぁ、洗脳に嵌るよりは何百倍もマシなのだが。
苦境を乗り越えた瞬間、自らの消耗を思い出す。皆息を荒げつつ、ヴァーチャーを睨み付けた。
「……成程。俺のこの策は事前に見抜かれていたと言う訳か」
俺と、ゼルを一瞥して言う。面白い、そう言わんばかりの表情。まだ手の内を残していると言う事か。
「まぁ……どっちでもいい。彼女達も運が良かったものや。君等の気遣いに報いて、彼女達は無事に退場させてやろう」
そう宣言したヴァーチャーが手を振り上げると、この集会場の床を覆う程大きな魔法陣が広がる。
「そう身構えなくていい。只の転送陣や」
警戒する俺達の様子を静かに諭す。ヴァーチャーに操られていた魔物達は戸惑いつつも、その姿を光に変えて飛び去って行った。つまらない嘘を吐く男ではない。確かに彼女達を無事に送っただろう。
魔物の大群が居なくなった集会場は、急にがらんとした印象を受ける。
「ご主人様……ご主人様……!」
空中で羽撃くガーゴイルのドリスが、ヴァーチャーに近付こうか近付くまいかと葛藤している。
ヴァーチャーは鬱陶しそうに彼女に視線を配りながら、俺達に告げる。
「さて、お疲れの様やが、ブレイクタイムでも設けようか?」
自分が消耗させておいて、随分と余裕だ。あれだけの魔物を操っておいて、奴の魔力が底を尽きた気配は微塵も無い。
「ふん……何のつもりだ」
「別に、何か質問とかないのかなーと思って。折角ご足労頂いたのに、さ」
月明かりを雲が隠す。闇の中ぼんやりと二つの赤い光が浮かび上がった。
俺達の疲労を僅かにでも回復させる絶好の機会を与えてくれた訳だが、俺には他にも思惑がある。何とか体力を回復させつつ会話を長引かせなければならない。
「さて、今から質問タイムや。何か訊きたい事はないか? 俺に答えられる範囲で、今なら何でも答えてやろう」
「 何故こんな真似をした」
俺が口を開く前に、騎士がそう尋ねた。ヴァーチャーは誤魔化した様に返す。
「こんな真似……とは?」
「罪も無い魔物を操って、俺達を攻撃させた事だッ」
語尾を荒げるスヴェン。ヴァーチャーは闇の中で理解したように頷いたようだった。
「ああ。只の作戦やよ」
「何……?」
「作戦。君等をこうして疲れさせる作戦。君等なら、相手が操られていると判った時点で殺すのを躊躇する筈や。本気で向かってくる相手に、手加減しながら戦うなんて、神経削るやろう?」
判り切った事だ。スヴェンは言葉を失う。
だが、続いてリザードマンの少女が、不思議そうにこう言葉を投げかけた。
「で、では……どうして疲れさせたエリス達を、一気に攻めたりはしないのでするか?」
……あの乱戦の中であたふたとしているだけだった彼女が疲れているとは思えない、とは言わないでおこう。
「それは……俺の勝手やろう」
乱暴に言い捨てるヴァーチャー。暗闇の中その表情はうかがい知る事は出来なかったが、エリスは悲しそうに首を振った。
「……主殿、やっぱり納得いかないでする!」
少女は振り返って、スヴェンに言った。
「あの方はきっと、根はいい人でするっ。そんな人と戦うなんて、やっぱり駄目でするっ」
「何言ってるんだ、彼奴は俺達を殺そうと……」
「殺してないじゃないでするかっ」
「だが、彼奴は自分勝手に魔物をだなぁ」
「それは、あの人がエリス達を信じたからこそ出来る事の筈でするっ」
「……全く、お前はいつも人を良い様に解釈するな」
エリスの必死の訴えに、苦しい表情をするスヴェン。彼女が何を感じ取ったかは知らないが、今この時は戦うか否かの状況ではない事を判って欲しいものだ。
「戦う理由が欲しいか」
ヴァーチャーは呟く。
「そうや
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録