8話

【魔人と聖女】



 俺達はすぐに動いた。
 ゼルは琴を打ち鳴らすのに専念し、その周りを協力者が固める。俺とソニアは、目線で合図し合った後、魔物の集団の中に突っ込む。
「! ほぉ」
 悪戯に差し込む月明かりの中、ヴァーチャーが意外そうな顔をしたのがちらりと見える。
 俺は周囲を敵に取り囲まれた状況に身を置いて、集中した。
「『貪食者の腸よ、鉄となりて小さき者共を吊るし挙げよ!』」
 口から魔の霧を吐き出し、両手で一気に巻き上げると、それは強靭な魔法の縄となる。俺は人魚の肉を喰らってから、高い魔力を得られた。だがそれを上手く利用するには、それを口から吐き出して魔法を形作るしかなかったのだ。ギルドや賞金首共からは“魔吼”なんて異名が付いたのはその性質の所為。
 俺は魔法の縄の端を握り締め、宙で二、三回反動を付けた後、ベルゼブブの集団に向かって投げた。
    間一髪だった。
 ベルゼブブは、飛び立ってしまえばもうその速さの前には捉えるのは至難の業。集団で、それも地上に居る間に動きを封じ込める必要があった。
 そして今、正に飛び立とうと羽を震わせている瞬間に捉える事が出来たのだ。
 縄はベルゼブブ達を囲み、その身体に絡み付いて動きを止める。事前に、縄には触れた相手に絡み付くよう念を込めておいたのだ。だが奴等は金魚のフンの様に固まっていながらも、宙に浮かぼうとする。咄嗟に手に力を込めるが、浮かび上がったベルゼブブ達は抵抗を続けて宙を暴れ回る。
 俺は思いっきり縄を引っ張る。ベルゼブブの塊は、一際存在感の大きいドラゴンにぶつかり、絡まって、ドラゴン諸共に倒れ込む。
「ソニアッ   !」
 俺が合図するまでも無い。その期を逃さず、ソニアは手に光の杭を発現し、奴等に絡まる縄の端を地面に繋ぎ止めた。俺もそれを見て、同じ方法で此方の端も地面に繋ぐ。抑え込まれたドラゴンとベルゼブブ達は、激しく抵抗するが、俺の術はそんな簡単には破れない。
 さて、残りの問題だが   俺は振り返る。其処にはエキドナに囲まれた剣士の姿があった。
「……ハッ」
 スヴェンは一笑いし、剣を振り翳す。エキドナ達の魔力に引けを取らぬ剣技で、上手く彼女達を釘付けにしていた。
「流石ですね」
 ソニアが舌を巻く。エキドナは魔力が高い為、魔力の縄が効かない恐れがあった。だからスヴェンはいち早く彼女達を挑発し、なるべくゼル達や俺の傍から遠くへ誘き出したのだ。
 エキドナを足止め出来る実力よりも、此方が何も言わずとも状況に応じて動いた判断力の方に感心したのだろう。

 〜♪……♪

 曲は流れ続けている。
 次第に周囲の魔物達の動きが緩慢になって来たと感じてきた、その時だ。
「   ンモァァッ」
 旧時代のミノタウロスさながらに角を振り上げ、駆け抜けていく、ケイフの姉。
 ……その矛先は他でもない、ゼルだ。
「いぃっ!?」
 驚異的な身のこなしで迫り来る攻撃を悉く往なしてきたエルロイだが、ミノタウロスの突進をどうにか出来る力など、彼には無い。寧ろ直撃すれば   人の事は言えないが   その華奢な身体は木っ端微塵に吹き飛ばされるであろう。
 ゼルとの直線上に居る自分に猛烈な勢いで突撃して来るミノタウロスの姿を見た彼は、一頻り葛藤した後、リザードマンの剣撃を躱しつつその場から飛び退く。
 ……彼の行動は誰にも責められないだろう。
「バカッ、エルロイ!!」
 チェルニーがゴブリンを蹴飛ばしつつ叫ぶ。咄嗟に彼は、彼女に「どうしろと」と目で反論する。
 だが此処で問題なのは、エルロイですら危機を感じ取って飛び退いたというのに、ゼルは演奏に集中し、目を閉じたまま微動だにしなかった事だ。
 このままでは直撃する……そう覚悟した時だ。
    突如、ミノタウロスの突進が止まった。
 いや、止められたのだ。
 あの巨体から繰り出される、巨人ですら足元を掬われそうなあの勢いを、一体誰が。思わず目を見張っていると、興奮した様な鼻息の中に、訊き慣れた声が小さく震える。
「……ヤキ回ってんじゃねぇぞっ……姉貴……!!」
「ブフゥッ、フゥッ……!!」
 もう一方のミノタウロス、ケイフの声。姉の突進を、妹が止めて見せたのだ。
 この騒乱の中、目を閉じて全く動じなかったゼルが、此処で初めてニコリと笑った。
「お帰り、ケイフ」
「……おう!!」
 その一声と共に繰り出された投げ。   姉の体は宙を舞い、頭から地面に突き刺さった。
「はんっ。腹の足しにもならねぇテメェの“お琴”でも、偶には役に立つ事があるんだな!」
「ふふ、ありがとうございます、ケイフ」
「なッ……べ、別に誉めたんじゃねぇっ! 全く、テメェは……」
 どうやらあのミノタウロスはいち早く正気に戻った様だ。なんだかんだと言いながら、あの娘がゼルの音に一番耳
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