6話

【密告者の指先】



 あの日から、俺に変化が訪れた。
 人を殺す度に、あの気持ちが甦る様になったのだ。
 無残に殺せば殺す程、相手が弱ければ弱い程、強烈にプレイバックされる。それと共に、胸の中を何かが責め立てるのだ。俺には、目に滴を溜めない時は無くなった。
 原因を探った。必死で探った。この変化は、俺にとって凄まじい恐怖だったから、追い立てられる鶏の様に、がむしゃらに。そして行き着いた答え。それこそが……彼女の言葉を裏付けた。
「心」
 俺には、心がある。
 心。
 ……なんだ、それは?


 教団の教育は、都合よく人間性を抜き去るものだと気付くのに、そう時間はかからなかった。だけど俺はそれを何かしらの形で取り戻せたらしい。
「……あの娘」
 不意に彼女の笑顔と声が浮かぶ。心なんてものを取り戻したお陰で、こんなに苦しい思いをしなければならないなんて、と思ったが、彼女の事を考えると不安が嘘のように消え去る。


 それが恋だと知るのに、時間は要らなかった。恋が、俺を人間にしたんだ、と。



―――――



 そして年月が経ち、彼女と会う機会は二度と現れなかった。その代わり、俺に対する執拗な虐待は日々苛烈を極めていく。どうやら奴等は俺に危機感を抱いているらしい。どうせ自我が芽生えて歯向かわれるのが怖いのだろうが、な。
 今日はダガーの扱いについての鍛錬だった。俺は一回り大きくなった獲物にわくわくしたが、どうせ使い方はナイフと変わらないのに気付き、やる気が失せた。慢心していたに違いないが、この場で俺に敵う人間なんてどうせ一人もいないのだ。
 だけど、俺は言葉に縛られていた。教官が俺を見咎め、執拗に鞭を振るった。激痛に嗚咽が漏れる。折檻が終わっても、背中に痺れが残る。気付くと、地面に血溜まりが出来ていた。鏡で確認すると、背中の皮は擦り剥けて、白い骨が剥き出していたのだった。


 寝るにしても痛みが俺を襲う。脂汗が全身から染み出し、剥き出しの骨に垂れ落ちる。思わず声を挙げた。人が来た。頭を思い切り蹴られた。部屋に彩りが満ちた。



―――――



 やがて俺を寂しさが襲う。恋というのは辛いのだな。日に日に彼女の姿が記憶から失われていくのが怖い。
 だから代わりを作る事にした。彼女の姿を思い浮かべ、設計図を組む。肌の色彩や首、頭蓋を思い浮かべて、綿密に。丁度今、俺はゴーレム技術を学んでいる。彼女を基に作れば、きっと可愛いゴーレムが出来る筈。
 このゴーレムにも心を宿らせる為、嘗て習得したネクロマンシーを基に発想を練り続け、錬金術の秘儀でさらに磨きをかけていく。そんな風に熱中している振りをして、寂しさを紛らわせる日々が続いていた。
 そんな、ある日。俺は人から言われた。


『彼奴の友達は死体と石だけ』


 俺は悔しかった。激しく心を乱した。彼奴等が言う友達というのは、只利用しあうだけの仲だ。傍から居ていて判る。そんな彼奴等に、馬鹿にされた。
 俺は自室のベッドの上で、髪を掻き毟った。手の中に夥しい黒い線が纏わりつく。俺の目に涙が滲みだす。血の跡がおどろおどろしいベッドに雫が染みていく。
「……だったら」
 だったら、やってやろうではないか。
 俺が今まで心と言うものを研究して築いたネクロマンシーと錬金術の秘儀。   奴らが馬鹿にした死体と石だ。   それを組み合わせて作る人造の悪魔。俺は机に置いた“彼女の代わり”の設計図を隅に追いやり、其処から悪魔の製作に取り掛かった。
 岩を切り出し、削り、特殊な手法で魔力を与える。紋章を至る所に刻みこみ、最後は悪魔を封じる鎖に術者の血を塗す。
 一心不乱だった。もう何をしているのか判らないくらい、寝食を忘れて悪魔を作り続けた。そして出来上がったのだ。   悪魔の彫像が。
 豊満な胸を腕に挟み、淫靡に前を見据える姿。その背には禍々しい翼と尻尾。だが顔は天使のように可憐。可憐。
 俺は其処に   淫魔を見た。
「……何、やってるんだろう。俺……」
 悪魔を作った筈だった。おどろおどろしい、今の俺の苦しみ、怒り、寂しさを体現した、悪魔を作ったつもりだった。なのに、いざ出来上がったのは淫魔、か。
「くく……ふふふ」
 俺は其処で、皮肉な意味に気付く。気付けば、笑みが止まらなくなっていた。

(   お母さん)

 俺は求めていたのだ。未だ見ぬ母親を。
 優しい母親。子供に無償の愛を捧げる只一人の人。子供が辛い目にあっていれば、何処からか現れて安全な場所に攫って行ってくれる存在。俺はそれを求めていた。
 なんて馬鹿馬鹿しいんだ。   此処は、愛から最も遠い場所だというのに。


 俺は惨めな思いを抑え込み、彼女の鎖を解き放つ。そして彼女の頬を万感の想いで撫でる。
「お願いだ……。君だけは、いつま
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