【狂気のベクトル】
「……」
鳥が木の傍で死んでいた。
小さな鳥。見上げると、同じような鳥が世話しなく鳴いている。
落ちて死んだのか。鳥はなんて脆いのだろう。血を吐いて横たわるそれを、しゃがんで近くでよく観察する。
背後に嫌な気配。振り向きざまにナイフを投げ付ける。
見ると、剣を持った男の首に僕の投げたナイフが突き刺さっていた。
倒れ込む。其処から“それ”は只の肉の塊となる。僕は“これ”の首からナイフを抜き攫う。
「……」
人間も、なんて脆いのだろう。
喉をかっ切れば皆死んでしまう。
心臓を貫けば皆死んでしまう。
死ねば皆、只の肉の塊。それは全ての命あるものに与えられた絶対たる平等。
傍の地面が跳ねる。弓矢が足元に刺さった。 僕は矢の飛んできた方向を見る。
目の前には血肉の川がある。其処から飛んで来たらしい。
戦争、というのだそうだ。
其処ではたくさん赤い花が咲き、命が散る。僕は地平線にまで広がる赤をぼんやり眺めて、こう思った。
人が死ぬのはとても自然な事。
人が人を殺すのは、当然の事。
僕は赤い蜜を垂らすナイフを持って、血肉の川に飛び込んだ。
――――――――――
「ふふん。八、九……十人か。こんなに大勢でくると判っていたら、ケーキでも用意していたのに。最近良い店を見付けてなっ。其処の野イチゴをふんだんに使ったタルトなんか絶品で」
「ヴァーチャー」
ゲーテが問い掛ける。目の前に揺らめき立つ宵闇のローブの男、ヴァーチャーは邪教の十字架をバックににったりと笑った。
「ゲーテ、あの頃は大変やったよなぁ……彼方此方では戦争が目立ち、俺達は戦争の道具に駆り出された。……あの時代、俺達の周りで人が死ななかった事はなかった」
「……ああ」
「お前が初めて人を殺したのは幾つだった?」
「……五つだ」
「そうか。俺は三歳の時……自分よりも小さい子供の脳天にナイフを突き立てたよ。柔らかい頭蓋骨を貫く感覚は、何百年たった今でも憶えている。……この、手が」
そう自嘲気味に語るヴァーチャー。
「今思えば、魔王教は余程俺に期待していたらしい。三歳前後は性格の形成に大いに関わる時期。そんな時期に、人を殺したとしたら……こんな人間が出来上がるのやから」
「(……)ヴァーチャー」
「 俺は!」
ヴァーチャーはゲーテの言葉を遮るように叫んで、俯く。
「……納得いかないだけなんや」
「……?」
「只、納得いかない、だけ」
そう、何度も呟いた。
――――――――――
「……」
鳥が木の傍で死んでいた。
小さな鳥。見上げると、同じような鳥が世話しなく鳴いている。
落ちて死んだのか。鳥はなんて脆いのだろう。血を吐いて横たわるそれを、しゃがんで近くでよく観察する。
背後に気配。僕はその瞬間、この世のものとは思えぬほど綺麗で、透き通った声を聞く。
「おちちゃった、みたいだね」
僕はどうしてか動けなくなった。
身体の筋が凍りつき、痺れるようだった。
僕の視界に彼女が無断で入り込んでくる。白い肌。透き通った、肌。見れば簡単に圧し折れてしまいそうな程細い首。白い髪を生やす頭蓋ですら、少し触れただけで割れてしまえそうに小さい彼女。白いワンピースを身に纏い、風を髪に受けながらしゃがみこむ。
彼女は僕の目の前で小鳥を手で包み、持ち上げる。
死んでいると思っていたその小鳥は、すぐにピーピーと、彼女に何かを訴え掛ける様に鳴き始めるのだった。
「……」
「けがして、なく元気が、なかっただけだよ」
今の現象を興味深く観察していた僕に、彼女が口角を挙げてそう言う。僕はそれが何を意味するか、判らなかった。
「……それ、何?」
「え?」
「……顔」
僕が指を差す。彼女は自分の顔を触って、首を傾げる。
「? なにもついてないよ?」
「……」
僕は同じような顔をしてみる。口の端を持ち上げ、歯を見せる表情だ。
すると彼女も、僕が何を差しているのか判った様子で頷く。
「ああ、“笑顔”って、いうんだよ?」
「えがお」
笑顔。僕はその表情を戦争で見た事がない。少なくとも、今の彼女の様に綺麗で、胸が温かくなるような表情は嘗て見た事がない。
「ふふ。きみ、かわってるね。笑顔がわからないなんて。人間なら、だれだって笑顔がつくれるのに」
彼女はそう言うと、小鳥を持ったまま立ち上がる。木の上を見上げて眉を下げた。
「う〜ん……これじゃ、とどかないよぅ……」
僕は彼女が何をしようとしているのか、その動作と言動で察知出来た。同じく見上げる。巣のある枝までの高さは約3メートル。身長が1メートルもない彼女には到底無理だろう。
僕は小鳥を要求する。彼女は驚いたような顔を
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