「魔王軍だって!?」
無事に館に逃げ込んだ俺は、領主の言葉に声を荒げた。
「ああ。妾は魔界から恩恵を受けているのでな。緊急時には何時でも駆け付けてくれる優秀な奴が居る。態々あんな手(花火)を使うのは、奴しかいない」
「はぁー……そっか。魔物だもんな。魔界と繋がっててもおかしくねぇよ」
「ふふん。流石にそれは判ったか」
何故か胸を張る領主。虎の威を借るなんとやらか。
「しかし、大丈夫かよ。魔王軍なんかじゃ、若しかしたら皆殺しなんて……」
「それはない。魔王軍は無意味な人殺しはせん。飽くまで温和な解決をしてくれるだろう」
「……ホントかよ」
「ホントだ。まぁ、明日になってみれば判る」
実際、実感のない話だった。魔王軍と言えば、悪の象徴だろう。其れが何故温和な解決に勤しむのだろうか。
まぁ、魔界と繋がりのある土地に、平和に人間が暮らしている時点で妙な話なのだが。
そして其処でまた魔物絡みで暴動なんか、もっと滑稽な話だった。
「取り敢えず、今日の所は下僕共で館の外を固めておくとしよう。多分、取り越し苦労だが」
その自信の根拠を教えて欲しいものだ。そんなに魔王軍は強いのか?
しかし、館に帰って来て思う。なんだか館の中が綺麗になっている。
初めて此処を訪れた時の廃墟一歩手前ぐらいだったものが、領主が住まうに似合う程整理整頓されている。もうすでに蜘蛛が巣を張る隙すらない。
「 あ、お帰り、ルーゲル♪」
そして玄関ホールを見上げる階段から、ナーシェがとてとてと降りてくる。暗がりの中ではっきりと、彼女の目が紅に光っているのに気付いた。
「……え? ナーシェ……」
「領主様もお帰りなさいませ」
「ああ」
領主は気にした風でもなく返すだけ。俺はナーシェの肩を掴み、暗い中夜目を効かせて彼女を隅々まで観察する。
「え、何、ルーゲル……」
恥ずかしがる彼女。
その体つきは、初めに領主に噛まれた時よりも更に洗練された雰囲気を醸し出し、肌や表情が艶っぽく輝いていた。
「ナーシェよ。妾は初夜権を放棄した。だから……もう好きにしてよいぞ」
領主はバルコニーへの階段を昇りながら言い捨てる。ナーシェは目をキョトンとさせてから、暫くして意味が判ったのか、俺の手を取ってピョンピョン飛び跳ねるのだった。
「あ、ありがとうございます、領主様っ。よかったね、ルーゲルッ」
「あ、ああ」
俺達の様子を一瞥した後、「ふん」と姿を消す領主。俺はその姿を気にしつつも、ナーシェの身体を受け止める。
「じゃあ家に帰りましょっ?」
ナーシェの無垢な瞳が俺を射抜く。今頃俺達の新居は燃やされているだろう。仮にそうでなくとも、今家に帰る訳にはいかない。
「いや、今日はもう遅いから、泊めてもらおう」
「お屋敷でするの……?」
恥じらいながらも、何処か期待した目で俺を見上げる。なんだか、ヴァンパイア化してから彼女は積極的になった。
「それだったら、領主様に許可をもらわなくちゃ……」
「そうだな」
俺は領主が消えていったバルコニーを見据えて頷いた。
――――――――――
私はルーゲルを手放した。
きっとこれでいい。これが正解だ。彼が言う、正しい領主としての正しい選択。
新婦の人柄は十分に見せてもらった。あれなら、私よりもルーゲルを幸せに出来るに違いない。
そう、少しばかり背中を押してやった今なら。
私は棺桶に横たわる。魔王軍が出張って来たならば、暴徒達も今頃鎮圧されて記憶でも消されている頃なのではないかと予想する。私はゆっくりと横になる事が出来る訳だ。何せ、普段は寝ている筈の頃に起きて、ずっと活動していたのだ。ヴァンパイアが夜眠る、十分な言い訳にもなるだろう。
しかし、胸にこびりつく執着以外に、全身、特に其処に張り付く後身全体に違和感を憶えて仕方ない。狭い棺桶に何度も寝返るが、違和感は一向に拭えない。
私は起き上り、傍に念の為置いてあるベッドに傾れ込む。
其処で気付いた。
……私、服着たままだ。
いつも寝る時は寝巻を着て眠るのだから、普段からの服を着ていて眠れる訳がない。
私は前のボタンを外し、外套を床に放る。もう整理が面倒だ。兎に角煩わしい服を全て取っ払うと、私は下着姿のままベッドに再度倒れ伏す。
柔らかく包み込む感触。確かに何時も私は棺桶で眠るが、別にベッドでは眠れないという訳ではない。棺桶の中だと、光が徹底的に遮断されて気持ちよく眠る事が出来る。それだけだ。
今は包み込んで欲しい気分だった。どうしようもなく。
「……ん、はぁ……はぁっ」
そして 身体が火照り出す。
ルーゲルの家で、私は彼に限界を告げた。だけど、あれは疲れたとかという意味じゃない。
理性を……欲情が抑えられない、そう言う意味だった。
にん
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