朝の一時に、熱いお茶をずずっと啜ると気持ちがほっこりとしてきてしまうものである。
空っぽの胃袋にじんわりと熱が広がり、低血圧で冷めきった体に染み渡る。この感覚を味わうのは矢張り歳をとった今でしか判らない、至福の時だった。
「所でヴァーチャー様……」
フレデリカが、炒りたてのスクランブルエッグを載せたトーストをテーブルに並べつつ徐に口にしたのに対し、「んー?」といった気を抜いた反応で返す。
「昨晩は何処の馬の骨と浮気してらっしゃったんですか?」
「 プヘァッ!!?」
思わず、茶を噴き出した。
「もう、判りやすいんですから」
そう呆れながら、フレデリカは俺の体に零された茶をハンカチで丁寧に拭い始める。フレデリカの慧眼に和やかな時は無残にも終わりを告げ、眠気すら何処かへ飛んで行ってしまった。
「い、今のはお茶が熱かったから……!?」
「変ですね。私は何時もヴァーチャー様がお好みの温度でお茶をお入れしているつもりですが」
「……ち、知覚過敏が!」
恣意的に浮かんでくる言い訳を乱れ撃とうかと思う程動揺していた所で、フレデリカの人差し指が俺の口を塞いだ。
「変な言い訳しないで下さい。怒りますよ」
「いや、すでに怒ってらっしゃるのでは……?」
「怒ってません。……ちょっとだけ、気になっただけです。じゃなければ、朝食なんて作りません」
「と、言う事は。昨晩から知ってた?」
フレデリカは不意に「あっ」と言う様な顔をした後、取り繕う様に髪を掻き揚げる。その表情には微かに紅が差していた。
「……ヴァーチャー様のお帰りを、お待ちしようと。でも、お気を使わせるのも嫌でしたので、ベッドの中でお待ちしておりました」
むすっとした顔で続ける。
「なのに、なんですか。知らない女の方の臭いを付けて帰ってくるなんて。信じられないです」
「違うぞ!? 何もしてないからな!?」
「何かする余地のある相手だったんですね。はいそうですか。はいはい」
これは、もう何をどう弁解しても無駄っぽい。こうなったらフレデリカは頑として人に耳を貸そうとはしなくなる。仕方ない。此処は、フレデリカが落ち着いてから誤解を解く事にしよう。俺は、それまで責める様な視線に曝される事になるが、覚悟を決めて彼女に向き直った。
「で、何処の馬の骨なんですか?」
「……ユニコーンです」
「それはそれはご高潔な馬の骨とお楽しみでしたんですね」
馬の骨だなんて失礼な物言いだと叱ろうかと思ったが、フレデリカのその何処から捻り出してきたかも判らぬ笑顔が矢鱈に怖い所為で何も言えない。
「何処までしたんですか?」
「え」
「ですから、何処までですか? ちゃんと話して下さい。私は、貴方の恋人として知る権利があると思うんですが」
「いやいやいやいや」
何も言い様なんてない。本当に、何もなかったのだ。フィアーユとは。
幸い、フレデリカは怒ってはいない。 本気では。けれど、此処で簡単に「何もなかった」なんて弁明をすれば、今度こそ本当にフレデリカの怒りを買うだけである。
じゃあ、どうすればいい? こういう時、世の男共はどう答えるものなのか? ていうか、今此処でする受け答えに正解が存在するのだろうか?
脂汗がだらだらと流れ出す。思いつく限り、俺を待ち受ける未来はどれもフレデリカからの報復だった。彼女は、普段は温厚で朗らかだが、以前サイツァバルの兵士にビンタを食らわせた件でも察せられる通り、これと決まった時が相当に強い。おまけに普段から何が不満なのか、鬱屈したストレスやらなんやらが俺に向けて爆発した時の陰湿さは筆舌に尽くしがたい。
想像出来るだろうか? 起きてから寝た後までも、ねちねちねちねちねちねちねちねち文句を言ってくるのだ。食事中でも、散歩中でも、情事の真っ最中でも言ってくる。あれが割りと、精神に来るのである。
只まぁ、一日そんな感じで居るだけで、次の日には例外なく切り替えてくれるのだが。
しかし、しょっちゅうあんな目に遭うのはまっぴらである。
……此処は、止むを得ないだろう。嵐が頭上を通り過ぎる事はないようだから、どうにかして今、フレデリカの理解を得る必要がある。
その為には!
俺は椅子から雪崩れる様に膝を着き、舞い落ちる花弁の如く頭を床に打ち付けた。
「すいませんでした!」
あれ、今なんとなくノリだけで凄く誤解を強める台詞言っちゃったんじゃないだろうか。
汗が引かない。寧ろ先程から滝の様に流れてくる。やばい。これは完全に怒られる。そう思って顔をあげると、其処には。
「……」
豚の交尾を見るような、最愛の人の表情があった。
「フ、フレデリカ……違うんだ……今のはなんというか言葉の綾という奴で……」
「……はぁ」
俺の精神が粉々に粉砕さ
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