一時期、俺はキイェル・バンガードと名乗る放浪軍、又は旅団に属していた頃があった。
キイェル・バンガードは大陸各地の戦争地帯を放浪しながら、一方の勢力に組みし戦力を売った傭兵部隊。大剣豪、大魔術師、名軍師が軒を連ねる、将に軍属でない軍隊の中では最高の編成を謳う連中だった。
だが、それが単に粒揃いであるだけの傭兵部隊ではないと知ったのは、俺が名を其処に連ねた時だった。
知られているだろうか。
歴史に刻み付けられた数多の戦争の影には常にキイェル・バンガードの姿があった。だが、歴史にその名は見当たらない。
キイェル・バンガードを味方に付けた勢力は必ず勝った。だがしかし、その後キイェル・バンガードは刃を翻し歴史を残すべき勝者をも食らったからだ。彼らに頼った、歴史の偉人達は皆キイェルの名を墓の下まで持って行かざるを得なかった。
しかし、まぁ、その偉人達は口を揃えてこう思っただろう。
キイェル・バンガードは、一体何が望みなのか。
常人には理解出来ないだろう。
奴等は戦禍を望んでいたんだ。
この世に満ち溢れる醜い感情や概念に欲していた。
復讐、報復、殺し合い。
信じる神も居ない。私欲も無い。
金なんて、奴等にとってあってもなくても、どうでもいいもの。
人間が怨みあうのを望んでいる。世界が憎み合うのを望んでいる。
純粋にそれだけを望んでいる。
キイェル旅団は影であり、霧であり、戦禍の空に飛び回る、随分質の悪い鴉だった。
奴等の本質、いや、トップに立つ連中に限ってはそうだった。
言っておくが、俺はこの世界が大好きだ。
見るものすべてが、触るもの全てが、愛おしくて仕方ない。その結果、破壊衝動に向く訳だけれど、愛しているのに違いはない。
けれど 彼奴等は違った。
幼い頃、自分を特別だと思いこむ情動は良くある事だ。自分には他人に無い力、権利があると思い込んで、そう振舞う。その結果、世界は自分の敵だとか言う事があるかもしれない。
だけど、彼奴等は度を越して真剣だった。
世界を憎んでいる。生きとし生けるもの全てを羨んでいる。
完璧に。
超絶的に。
だから、考えた。どうすれば世界を簡単に壊せるか。
どうすれば人と人を憎み合わせる事が出来るのか。
それで出た答え。それがキイェル・バンガードという“形”だった。
軍事力という母体を抱いて、戦禍を産む。沢山産む。
子供を “戦禍”を。
産み続けて、何時か生きとし生けるものすべてに台頭する。
私欲が絡まない悪意。そういう点で見れば、邪神教が可愛く思える筈だ。
俺が、何故そんな所に居たのか。
深い意味はない。普通にスカウトされたからだ。
当時戦火の絶えずにいた大陸中の色んな国を渡り歩いていた俺は、幾度となく連中と対峙した。確か、奴等のナンバー2の首を取ったのが切欠か。それから連中は俺を頻りに放浪軍に誘ってきた。
俺の力が欲しいといった。別段行く宛てのなかった俺は、そうして放浪軍の軍団長に名を連ねる事になった。
そう言えば、あの時誰にスカウトされたっけ。
団長だったか。それとも、あの女だったか……?
―――――
「ヴァーチャー様?」
「 のわぁぁっ!?」
突如として意識の外から声を掛けられ、大声で叫んでしまう。
「フ、フレデリカ……! い、居たんか」
「もう、ずっと此処に居ましたよ」
丁度俺達は南洋正教会の地下にある俺専用の研究室で、ちょっとした作業をしていた。機嫌を損ねた風に頬を膨らませるフレデリカの手にはコップ一杯の水が揺れていた。
「はい、ヴァーチャー様」
「……俺に?」
「勿論です」
少し新鮮な気分がしながら、フレデリカから一杯の水を受け取る。僅かに臭いを確かめ、チロリと舌に触れさせる。
美味い。実はさっきから喉がカラカラだった。一気に飲み干す。
「ん、ありがと」
乾いたコップを両手で返されながら、フレデリカは眉を下げる。
「ヴァーチャー様、さっきからどうされたんですか? ボーッと考え事して、ちょっとした事で驚いてばかりです」
「悪い、ちょっとな」
フレデリカは、キイェルに属していた頃の俺を憶えているのだろうか。いや、態と知らない振りをしてくれていてもおかしくない。
少し疑う素振りを見せる俺だが、フレデリカは小さくこう呟いた。
「……そういうの、ずるいです」
フレデリカの瞳に怒りに似た光が灯り、思わずビクッとした。
「え? な、何が……?」
「全部一人で抱え込んで私には何にも言って下さらないなんて。それじゃあ、恋人として名折れです。私だって、気休めにしかならないかもしれませんが、ヴァーチャー様のお話を聞くくらい出来ます」
今度ははっきりとそう言って、しゅんと視線を伏せるフレデリ
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