ボクと彼女と彼女のヒモと 

 目に映るのは線の形をとる白の残影。この蒸し切った部屋の中、絶えず響く荒い息遣い。ボクは時を忘れるほどに続く抑圧の前に、抗う気力を失っていた。
「・・・・・・はぁ、はぁ」
 僕の体を介してベッドがギシギシと軋む。真っ白で包み込むようなベッドは此処の暮らしに早く馴染ませようと、ボクの妻が気を利かせて地上から持ってきたものだ。
 というのも、ボクは人間で、妻はジャイアントアント。つまりは種族も違えば住む環境も違う両者が結ばれたのだ。

 ボクは彼女から告白されたとき、喜んでそれを受けた。彼女は逆に驚いてしまっていたたが、彼女達の巣で暮らすことが何の障害にも思わないほど、ボクが彼女に惹かれていたことを打ち明けると、その場でボクらは結ばれることとなった。(因みに、ボクは別に彼女たちのフェロモンに誘われて巣に入った訳ではなく、地上で彼女と出会い、彼女自身に惹かれた。だからこそ、他のカップルよりも絆は深いと思っている。)
 このベッドに刻まれた皺は、ボクが妻となった彼女と愛し合った証。不変の愛というものを頭上に掲げて、お互いの気持ちを貪るように確かめあった。確かめ合った後は、お互いの温もりの中、夢でまた口付けを交わす日々が今まで続いていた。
「んっ・・・・・・」
 強引に甘ったるく何かを宛がわれる。それが接吻だったと気付くのに、暫く間があった。
 長く、陰湿に。まるで溢れる蜜を味わうかのように舌で撫ぜ回し、薄紅の唇で形を弄ばれる。その間にもベッドは軋むのを止めない。
 最後に強く吸い付かれると、その口は離れる。
「はぁっ、はぁ・・・・・・。   どうしたの?」
 諦めがボクの瞼を堕落させている。それでも思わず、その台詞に視線を上げる。ボクの目の前には、相手を屈服させる快楽にすっかり囚われたオンナの顔があった。そいつは体の下に組み敷くボクに舌舐め摺りをしてみせる。さも味わい深かったとでも言う様に微笑むと、ぐいっと顔を近付けさせてくる。
 ボクはまどろみから叩き起こされた気分がして、首を曲げて拒絶する。だが、オンナはボクに口付けすることはなく、差し向けられたボクの右耳の先に軽く歯を突き立てる。
 カリッという音が耳元に響く。驚いて、オンナに非難の目を向ける。
「な、何するんだ・・・・・・っ」
 耳に違和感が残るが、ボクの反応にオンナはすぐ顔を離して、細い指をしなやかに、オンナ自身の下唇を愛撫する。その口の端には、からかった後のような微かな笑みが見えていた。
「ごめんね。でも貴方が拒むからだよ? つい、意地悪したくなっちゃったのは」 
「もう、止めてくれ」
 今まで何度もそう要求、いや、懇願を此処でもう一度する。
 だが、そんなボクの様子を楽しむかのようにオンナは目を細める。そして唾液で濡れた指で、ボクの唇にまるで化粧を施すかのように撫でる。自分のものとは違う、異物に塗れた感触に、病に蝕まれるような感覚を憶えた。
「そればっかり。もう諦めたらどうかな?」
 途端に気分を害したかのように呟くと、オンナは侮蔑的な目で見下してくる。
「こんなに愉しい事・・・・・・他にはないんだよぉ?」
 子供に言い聞かせるように言うと、不意にオンナの顔がボクの首筋に埋まる。其処を唾液が絡んだ舌で舐め上げられ、更に柔らかい唇で汗と粘液を混ぜ合わされる。水音が暗い部屋に響き、ボクの耳に鮮烈に残る。
 んちゅ、と音を残してオンナは離れる。抑圧が弱まったことに一度安心するが、違和感が残る首筋に視線を向けられていることに気付く。
 オンナは途端にボクの目を見て、嬉しそうに笑った。
「あ。キスマーク付いちゃった」
「   っ!?」
「あ〜あ。これ、見付かったら大変だなぁ」
「く・・・・・・だから、止めてくれって・・・・・・」
 人事のように笑うこのオンナに怒りが込み上げてくる。だがオンナは俺の目を見てそれを察しても、けらけらと笑うのだった。
「あはは。嘘だよ、う〜そ」
「う・・・・・・そ」
「そう、嘘」
 そう聞いて俺は全身の力が失せる。怒りを超えて、自分が情けなくなったのだ。
 そんな俺に、オンナは唆すように耳元でこう囁く。
「だって、ニオに悪いじゃない。   貴女の旦那様・・・・・・寝取っちゃったなんて、私、言えないもん。私たち、唯一無二の親友だもんね・・・・・・っ」
 そう。目の前にいるこのオンナは、ボクの愛した妻ではない。このオンナは   





「それじゃあ、行ってくるねー♪」
 小柄な体を目一杯に動かして、彼女はボクに手を振る。小さくて華奢な印象を受ける腕と腰元だが、あれでジャイアントアントは自分の体重より遥かに重いものを持ち運べる。どうやらその辺を買われて、魔王軍のなんとかという人から建築関係の仕事を巣全体で請け負っているらしい。ニオはそれに駆り出されたのだ。
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