エルテューク城で少しばかり騒がしい一夜を過ごした翌朝、サイツァーが用意した竜車*ドラゴンっぽい生物の後ろに車を付け、運搬用としたもの。に乗り込み、エルテュークを発つ。
大陸を南下していくにつれ、風景は草木の緑を減らしていく。車内でフレデリカと他愛ない話をして過し、3時間程経った頃だろうか。竜車を引くオオトカゲがその筋骨隆々とした足を止める。
行者は俺達に振り返り、こう告げた。
「本当にこんな所で降ろしちまっていいのかい?」
「はい。此処まで御苦労様です」
竜車を降りる。俺達が降りたのを確認して、行者は釈然としない鞭を揮った。オオトカゲは欠伸の様な声を発して、また来た道を走って行く。
降ろされた場所は、見渡す限り何もない荒野。殺風景な景色。地面の黄土色以外に有機物の名残などない、不毛な世界。
フレデリカは首を傾げる。
「どうしてこんな所で降ろして頂いたんですか?」
どうせなら目的地まで、それか途中でも何処かの町で降ろしてもらえばよかったのに。そう言いた気だ。
「直接南洋領まで行ってしまうと目立ってしまうやろう」
「ええと、気にし過ぎではないでしょうか」
「陽動と煽動以外に目立つ事に意味なんてないんやよ」
無駄に目立つと動きづらい。只でさえ、ゾンビを連れていると知られるだけで、エルテュークでは兵士と交戦状態にまで発展したのだ。ネクロマンサー、ひいては密偵は目立つ事を避けるものである。
「そうですか……でも諸国を巡って来た、と言いますと、何かしら成果を見せる必要があるのではないでしょうか」
それもそうだ。 俺は形式上南洋正教会の幹部であり、教会の外で自由に行動していたのは「諸国を遊説する」という尤もらしく教会と疎遠となる為の錦の御旗があったからだ。
何か成果を示す必要がある場面が来るかもしれない。
いや、本当なら持っていく必要などない筈なのだ。堂々と帰って来たという顔をしていればいい。だが今回のエルテュークからの指令に依れば、教会幹部としての地位を堅固にしておく必要がある。そんな「諸国遊説の成果が不明瞭」程度の事で他の幹部から白い目を向けられ、引いては教会内の立場に僅かにでも響くという事は面白くない。
「……ああ、そうだ」
頭を巡らせればすぐに思い付く。エルテュークの皇帝に謁見してきたという事実を伝えれば手土産になるだろう。何せ、嘘ではないのだから。
しかし、それだったら竜車で南洋に入る様に取り図るべきだった。エルテューク公認の竜車が人目に触れれば、謁見してきた事実をより信憑性のあるものに変えられたのに。
やっぱり最期まで竜車に乗って入ればよかった。後悔したが時既に遅く、振り返れば竜車はもう遥か向こう、米粒より小さくなっていた。
今更追い駆けるのもみっともないし、めんどくさいので、取り敢えず向こうに着くまでの間に代案を考えておく事にした。
―――――
黙って南洋に足を進める俺達。吹きすさぶ荒野の風は穏やかだ。見渡す景色の不毛さは先程と一寸も変わっていない。自分達が正しい道を進んでいるという感覚すら薄れてしまいがちになる。
しかしこんな荒野にも道標がある。普通この荒野は馬車で通り過ぎるのだが、迷わぬ為にも必要なのだ。この矢印に従っていけば間違いなく人の居る場所に辿り着くようになっている。
何個か目に道標を見る事になったフレデリカは太陽の下汗一つ流していなかった。白い肌に光が差して儚げに輝く。温くなった腕を額に掲げ、太陽を眩しがりながら道標を見上げた彼女は溜息を隠す。
「もうすぐ街ですよ、ヴァーチャー様」
道標に書かれた文字を読んで彼女は口に出した。
汗をかかない彼女と違い、俺の身体は直射日光の下に曝され続け、コートを脱いでいるとは言え汗がじわりと染み出し始める。加えて俺は、ネクロマンサーだからという訳でも密偵だからという訳でもないが、光がそれほど好きではなかったから、この中を長時間歩くと言うのは苦痛とはまだ言えない範囲にせよ面倒だった。
道標に書かれた事とは違い、俺達の目の前には町らしきものなど見当たらなかった。其れもその筈。この道標は馬車で通る者に向けられた物であって、徒歩で通り抜ける愚か者の尺度では書かれていないのだ。
「大丈夫ですか、ヴァーチャー様。汗が」
取り出したハンカチで俺の額に玉になる汗を拭う。
「フレデリカこそ平気か? 肌渇いてないか。潤いは大切やぞ」
「平気です。水筒持ち歩いてますからっ」
そう語って満面のどや顔で桜色の水筒を掲げるフレデリカ。彼女の自慢気な顔も可愛いものだ。
そんな折に、やかましい声が虚空に響き出す。
「 見付けたのじゃーッ!!」
何処から響く声なのか把握しかねていると、唐突に目の前の荒れた地面に光の筋が立ち上る。それはバイ
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