じりじりと太陽が焙るこの砂地。俺は息をする度に気分の悪い温さを味わう。
踏み慣れない砂の地面に悪戦苦闘。装備も素人丸出し。靴の中に砂が入り込んでジャリジャリと重りになっている。
俺は盗賊だ。小悪党という意味ではない。普通の盗賊だ。(そもそも盗賊ギルドというのは盗みを働く犯罪者集団ではない。自警団を兼ね、人々の依頼を聞いてせこせこと働く事が多いものなのだ。近頃その辺を勘違いしている連中が多いので、此処に留意しておく。)俺はギルド経由である金持ちから“サンドローズ”なるものを探し出して欲しいという依頼を受け、此処エディンバラ保護区域まで足を運んだ。
先に言っておこう。俺は馬鹿だ。
その所為で今、物凄く後悔している事がある。
先程装備を怠っていた旨は述べただろう。例を挙げるなら、砂漠は熱いからと軽装で来た事だ。此処では太陽の光が余りにも強い為、直射日光を防ぐ意味でも服は着てくるべきだったし、流石に帽子ぐらい被ってくるべきだっただろう。
だがそんな準備不足よりもっと致命的な事があった。
……水筒に、水を入れ忘れていたのだ。
砂漠に入って暫く歩いた頃、喉が渇き、雫を舐めようと水筒を開けた所、中が空だった。何が起きたのか判らなかったが、自分がアホだという事だけは皮肉にも鮮明に理解出来た。
水も持たず砂漠に入った。その時点で俺の死は確実。
という訳で、あっさりと灼熱の地面に倒れ込んだ。
死因はアホ死である。
体中が焼かれ、やがて意識が揺らいでいく。
そんな時、砂に付けた耳が砂を踏みしめる音を捉える。
誰かの気配。どうやら、俺に近付いて来るらしい。
助かるのだろうか。それとも、只の屍肉漁りだろうか。俺はそのどちらの可能性も脳裏に浮かべながら、遂には意識を失ったのだった。
―――――
目を覚ましたのは洞窟の中だった。
仰向けに倒れ、目を開くと其処には岩の天井があったのだから間違いない。肌を焼く日光の気配はなく、湿った空気が乾き切った肌に染み渡るのを感じる。
何時の間にか喉の渇きは消えていた。誰かが水を飲ませてくれたらしい。有り難い。
「 目が覚めた様ね」
女の声。強気でいて、何処か冷静な。
だが、その声の主を目の当たりにした瞬間、俺の血の気はさっと引いた。
上半身は、それはそれは美しい女。まるで砂漠に咲いた一輪の花だった。だがその下に目を向けると、砂に埋もれている筈の足は二本ではない。それどころか太陽に焙られた褐色でもない。真っ赤で、まるで昆虫のような足が、六本。それに人の頭ほどあるかと思えるほどの大きさの鋏が一対ぶら下がっている。
上半身の美しさと下半身の禍々しさ。まるで隔たったその両者を何度も見比べ、身の危険を憶えるまでにそう時間はかからない。
咄嗟に短刀を引き抜いて構える。距離を取る。化け物の様子を見る。
相手はキョトンとしていた。
「……まぁ、魔物に対する反応としては当然か」
優雅に、髪を掻き撫でる。その後ろにぶらりと大蛇の様なものが揺らめいた。いや、あれは尻尾だ。まるで、サソリの毒針の様な。
「去りなさい。此処に貴方の求めるものなんてないのでしょう?」
サソリの化け物は背を向けて言い放った。俺としてもこの場に留まっている気にはなれない。短刀を構えたまま、静かに後退り。まさか他に仲間がいるなんて事はないだろうか。ちらりと背後を確認すると、その向こうには出口らしき穴が見えた。
逃げ道が見付かったとなれば、後やる事は簡単だ。あそこまで一心不乱に駆け抜ければいい。仲間が居ようが罠があろうが、構いやしない。
だがその前に、俺はこの化け物に言うべき言葉があった。
「……おい、化け物」
化け物は化け物と呼ばれて酷く機嫌を損ねたようだ。耳は此方に向けるが、返事はしない。
俺は構わなかった。寧ろ、その方が気兼ねしなくて済む。遠慮なく言わせてもらおう。
「 ありがとよ」
「……っ?」
予想外と言わんばかりに目を丸くする化け物。相手が何だろうと、助けてもらえば礼を言う義理が出来る。感謝はしない。だが、言葉を告げるくらいなら誰も責めはしない。
俺は振り返り、走った。化け物が追い掛けてくるとは思えなかったが、必死で走った。胸の中でぐるぐると渦巻く感情が、このまま俺をどうかしてしまいそうだった。
俺は砂漠を走り続けた。もうあの洞窟からは遠ざかったというのに、止まろうとは思わなかった。
止まれば追い付かれる。
あの化け物にじゃない。
じゃあ、俺は何から逃げているのだろう。
ふと浮かんだ疑問が喉に刺さったまま、気付けば俺は、市街地のど真ん中でボーッと突っ立っているのだった。
―――――
両親を早くに亡くした俺には、たった一人だけ、妹が居た。
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