「 む」
何時の間にか眠ってしまっていたようだ。
厚ぼったい皮をなめす様に目を擦る。残った眠気から察するに、結構寝てしまっていた様に思う。若しかしたら、丁度着いた頃かもしれない。
「もう着いた? フレデリカ……」
そう声を掛けた相手が隣に居ない事に気付く。
というよりも、今現在自分が身を置く場所がエルテューク行きの馬車の中でない事に気付く。
「キャァーッ」
「た、助けてくれーっ」
周囲の空気を破り裂いたのは突然の悲鳴だった。途端、肌をちりちりと焙る炎の勢いを自覚する。光がちらちらと赤く煌めき、瞳に反射する。何時の間にか周囲は火の海だった。
体を持ち上げる際、地面に付いたつもりの手に藁が食い込んだ。どういう訳か、俺は馬小屋で寝ていたらしい。
何処だ、此処は ?
見知らぬ町。
見知らぬ光景。
俺は先程まで馬車に乗っていた事を何度も頭に問い合わせる。
だが、今目の前に広がっている惨状はどうあっても俺の記憶とは繋がらない。
「誰かこの火を消してくれぇぇ」
「誰か手を貸してっ。子供が屋根の下敷きに……誰かっ、お願い」
「ひぐっ……おかーさん、おとーさん……わたし、どうすれば……ひぐっ」
「誰か、誰か俺の妻を知らないか!? お腹に赤ちゃんがいるんだ、誰か!」
助けを求める幾つもの声が頭の中に響いた。
俺は周囲の変化に戸惑いながらも、考えるより先に体が動かそうと考えた。此処が何処か、何故俺が此処に居るかなど頭の隅に放り出して、近くの井戸から水を汲み上げた。
火達磨になって転がり回っている青年に水を掛ける。火はすぐに消えた。
「はぁ、はぁ、あ、ありがとう……!」
その身を焼く業火が消え去った青年は息を荒げ、脂汗を垂れ流しながら礼を述べる。
「あ、アンタも早く逃げないと。もうこの町はおしまいだ」
肌の彼方此方に深い火傷を負ってしまっているのが見えたが、彼は痛がる風でもなく 恐らく神経まで障害されて痛みを感じないのだろう 俺に警告すると、一目散に駆けて行った。
この街に何があったのだろうか。俺は疑念を強めつつも、未だ頭を揺らす助けを求める声に導かれて走った。
其処には瓦礫に下半身を押し潰された少年と、その瓦礫を必死になって退けようとする母親らしき婦人の姿があった。
婦人は俺の姿に気付くと、涙を零しながら懇願する。
「ああ、やっと人が来てくれた……! お願いです、手を貸してくれませんか」
見ると、少年はぐったりとしている。下半身を覆う瓦礫を粗方退けたその子の足は、建物を支えていたと思わしき柱に挟まっていた。少年の足の肉が紫色に染まっている。自分の服を切り裂き、少年の足に強く巻き付ける。
体細胞の中にはカリウムやミオグロビンといった成分が含まれており、細胞が破壊されれば其れ等が血中に漏れ出してくる。カリウムは心停止を引き起こすし、ミオグロビンは腎尿細管壊死を引き起こす。どちらも致命的な症例だ。その為そういった毒素が急激に心臓や腎臓に晒されない様締め付けておかなければならない。強く締め付けては悪化させる。適度な強さで締めるのが肝心だ。
「お母さん、この子を救い出した後、すぐに大量の水を飲ませて下さい。それか、医術師に相談し、洗血してもらって下さい」
「ええ、ええ、判りました」
「では、行きます。3、2……1ッ」
母親と息を合わせて柱を持ち上げる。嫌に重い。しかし少年の足を潰していた柱はゆっくりと浮かび上がり、少年の体は助け出された。
ぐったりしたままの少年は母親におぶられ、その母親は頻りに俺に頭を下げた。
「ありがとうございます。なんとお礼を言ってよいやら……」
「早く水を飲ませて下さい。この場から離れ、安全な場所へ早く」
礼を言われる時間が惜しい。礼が欲しくてやった訳じゃない。母親は少し戸惑った様子で、でも最期まで頭を下げたまま走り去って行った。
続いて俺は両親と逸れたらしい少女の元に駆け寄る。子供の扱いは慣れていない。しかし出来るだけ目線を合わせ、出来るだけ優しく微笑み掛ける事を心掛けた。
「どうした? お父さんとお母さん、逸れちゃったのか?」
少女は泣きながら首を振る。
「ううん……おとーさんとおかーさん、起きないの……」
その言葉の意味がすぐに判り、背筋が凍った。
「あのね、屋根が落ちて来てね……おとーさんとおかーさんが、私を守ってくれたの。でも、寝ちゃったの。ゆすってもゆすっても……起きて、ぐすっ、くれないの……」
「……」
少女に辛い現実を伝えようと口が動き掛けるが、それはすぐに良心が止めてくれた。
こんな時、どう声を掛けてやればいいのか判らない俺は、暫く思案してから口に出す。
「……あのな、良く聞いてくれ」
少女の真ん丸な、悲しみを湛える瞳が俺を
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